抄録
[はじめに]入來ら(2001)は、サルが道具使用する時に、空間視と体制感覚情報の統合により手と道具が同化して、手そのものが延長したイメージの符号化が起こると報告している.この”イメージの符号化”を脳卒中によって左片麻痺となり、左半側身体失認等の高次脳機能障害を呈した症例の訓練に応用した.その試みの方法と結果を報告する.
[症例]75歳、男性.右被殻出血後、2ヶ月経過して転院されてきた.転院時座位保持不可、起居動作及びADL全介助であった.
[初期の理学的所見]高次脳機能障害:左半側空間無視、左半側身体失認、運動維持困難.運動機能面:BRST上肢II・手指I・下肢III.座位保持不可、立ち上がりも左下肢が屈曲し宙に浮いてしまい支えを必要とした.手すり等を持たせるとプッシャー現象を示した.感覚障害:左上下肢脱失
[病態の仮説]他動的に麻痺側の大菱形骨にモビライゼーションを行った時の痛覚刺激や手指や掌を布で拭かれた時の痺れた感覚を示す部位は肘関節より上となる事から、左半側空間無視の影響を受けて身体図式においても左遠位が失認されるのではないかと考えた.
[実施課題]目的:左身体イメージの強化及び左空間注意能力の改善方法:左手に70cmのラップ芯の端を把持させ弾性包帯で固定.身体やや左に玉を10個不規則に置く.棒の遠位先端に意識を誘導し、個数を数え、左へ移動させる.症例の能動性を指示する為、PTの援助が気付かれないように左から症例の左上肢の動きに合わせてアプローチした.
[評価方法]身体失認:痛刺激時の身体部位は、評価時と同じ方法で確認した.高次脳機能:開始時と介入2週間後に人物画と課題遂行前と後に時計図とdouble daisyを行った.運動機能:座位と立位保持時間を計測した.
[結果]身体失認:感覚の訴えは、肘関節より遠位15cmまで延長した.高次脳機能:初期、人物画では右手先(描き手にとっては左)が描かれず、double daisyでは花が1本であった.アプローチ2週間後では、人物画も右手が描かれ、左右に2本の花が描かれた.時計図も構成に問題はあるが、初期は数字記入が右半分までだったのが、2週後には一周に描けた.しかし、この他の高次脳機能障害には改善を認めなかった.運動機能:座位で倒れる事が無くなり、立位でも左下肢へ注意を維持することが容易となった.
[考察]本症例では、棒先に意識が向き、能動的に操作を行っている様に感じられるまでに1週間程かかったが、この時期以後より左半側空間無視の改善がみられた事から、棒先を所有する患者本人の能動的な感覚利用が必要と思われた.更なる検証を必要とするが、左半側空間無視の影響を受けた身体失認に対して、このアプローチが有効な方法である可能性が示唆された.