抄録
【目的】
高齢者の転倒について、前方へのステップ動作についての報告は多く見受けられるが、側方へのステップ動作の研究は少なく、特にパワーに関する報告はされていない。そこで今回、若年者と高齢者における前方と側方へのステップ動作について、制動時に生じる下肢の各関節パワーを算出し、力学的分析からその特徴を明らかにすることを目的とした。
【方法】
健常若年女性10人(平均年齢22.6歳)、健常高齢女性12人(平均年齢73.9歳)を対象者とした。首都大学東京研究安全倫理審査委員会の承認を得た後、すべての対象者には口頭と紙面にて測定の趣旨を説明し、同意を得られた後に測定を行った。課題は静止立位姿勢から、約60cm前方と側方へ片脚を踏み出す2種類の動作を行った。対象者には赤外線反射マーカーを身体標点37箇所に貼付し、床反力計(Kisler社製)と3次元動作解析装置(Oxford Metrics社製Vicon MX)を用い、動作の開始から終了までの床反力と3次元位置データを計測した。データサンプリングは、3次元位置データは100Hz、床反力データは1000Hzで行った。得られた床反力データと3次元位置データから、床反力、関節角度、関節角速度、関節モーメント、パワーを算出した。前方へのステップ動作では矢状面を、側方へのステップ動作では前額面の股・膝・足関節における制動時の負のピークパワーを体重で除して標準化し、若年者と高齢者で比較、分析した。統計解析は、SPSS15.0J for Windowsを使用し、Mann-WhitneyのU検定を行った。有意水準は5%とした。
【結果】
制動時のパワーは3関節とも負の相にあり、若年者と高齢者でほぼ似たパターンとなった。前方へのステップ動作では、若年者は主に膝関節が、高齢者では足関節が衝撃を吸収していた。高齢者では股・膝関節のパワーの波形は若年者よりも多峰性を示していた。また、ピークパワーの値は3関節共に高齢者で有意に小さかった。側方へのステップ動作では、若年者・高齢者共に股関節が主に制動の役割を果たしていたが、高齢者の股関節パワーの波形は多峰性を示していた。ピークパワーの値は3関節共に高齢者で有意に小さかった。
【考察】
ステップ動作の制動時における高齢者の下肢の各関節パワーの波形の特徴として、多峰性を示すことが挙げられ、高齢者は1度ではその衝撃を制動しきれないことが考えられた。前方へのステップ動作では、若年者の各関節パワーは1峰性の波形を示していたが、高齢者では足関節パワーが1峰性の波形を示し、股・膝関節は多峰性であった。若年者は膝関節を中心に3関節が効果的に制動に働くのに対し、高齢者では足関節で主に制動し、身体上部の動揺が生じることが考えられた。側方のステップ動作では、若年者・高齢者ともに前額面における股関節の働きが、衝撃を制動することに対し重要であることがわかったが、やはり高齢者では前額面での側方の動揺が生じやすいことが考えられた。