抄録
【目的】全人工股関節置換術(THA)は変形性関節症、リウマチ様関節炎、虚血性壊死など重篤な股関節疾患の患者に対して疼痛除去と機能改善を目的として施行される。THA術後の機能的評価として下肢筋力や姿勢安定性については多様な報告がなされている。しかしながら、下肢の運動連鎖について姿勢制御課題を用いての下肢筋の筋活動パターンについて調査を行った報告はこれまでに見られない。
本研究の目的は、THA術後患者における両脚立位から片脚立位移行時の下肢筋の筋活動パターンについて検討することである。
【方法】対象は聴覚障害ならびに平行機能障害の既往が無い、全荷重が可能となったTHA術後患者7名(全例女性、平均年齢62.9歳、身長149.7歳、体重53.7kg)とした。
測定肢位は頭位を正しく保ち固視点を注視させ、両下肢は股関節幅程度の開脚立位とし、両上肢は対側に位置させた。施行動作は音刺激開始後すぐに下肢を挙上させ片脚立位をとり、音刺激停止とともに挙上側下肢を降ろさせた。音刺激はNoraxon社製筋電計と同期されているメトロノーム機能を利用した。音刺激の頻度は5回/min(12秒に1回)とし、音刺激継続時間は3.0秒間とした。まず数回の練習を行い、施行動作に対する十分な理解を得て、練習後は1分以上の休息をとらせた。術側・非術側の施行動作を開眼にて行い、施行順はランダムとした。筋電図の測定にはNoraxon社製筋電計を使用し、導出筋は支持側の大殿筋、中殿筋、外側広筋、大腿二頭筋、前脛骨筋、外側腓腹筋とした。データはサンプリング周波数1500HzでA/D変換し、解析の際のバンドパスフィルターは10~500Hzとした。音刺激開始をtime0とし、音刺激開始直前の安静立位50msでの各筋の平均筋活動を基線とし、time0から基線より3SDの範囲を越えた最初の時間を筋活動開始時間と定義し測定を行った。また、挙上側母趾と踵部に筋電計と同期させたフットスイッチを取り付け、音刺激開始をtime0とし、下肢が挙上されるまでの時間を測定した。
検討項目は各筋の筋活動開始時間および足部挙上時間ともに3試行の平均値をとり、術側・非術側の比較ならびに相関関係について検討した。
【結果】術側と非術側の筋活動開始時間について、外側広筋および大腿二頭筋で術側の筋活動開始時間が有意に遅い結果となった。また、術側腓腹筋における筋活動開始時間と下肢挙上時間には有意に高い相関が見られた。
【考察】本研究結果より、両脚立位から片脚移行時の筋活動開始時間には術側と非術側で違いが見られた。これまでTHA術後の筋機能について筋力や姿勢安定性への影響などの報告がされているが、本研究結果から姿勢移行時の筋活動パターンの違いが姿勢安定性に影響を及ぼすことも推察され、今後さらに詳細な検討が必要であると考えられる。