抄録
【はじめに】肺切除術における周術期の呼吸器合併症の併発は,早期離床や術前ADLへの早期回復の阻害因子となる.従来の標準開胸術による肺切除術では,10-30%程度の割合で術後の呼吸器合併症を併発することが知られている.近年,胸腔鏡補助下手術(VATS)の導入による手術方法の進歩や,それに伴って手術適応範囲が拡大され始めている.そのため,従来の報告に比べ呼吸器合併症の併発率やその予測因子が変化していることが推察される.そこで本研究では,肺切除術における術後呼吸器合併症の併発率や合併症の併発に影響を及ぼす要因について明らかにすることを目的に検討した.
【対象と方法】対象は,2005年10月から2007年10月の間に当院呼吸器病センターで肺切除術を施行した全例124例(男性76例・女性48例,VATS64例・標準開胸術60例)とした.対象の平均年齢は68.1±9.4歳(40-88歳),平均FEV1.0%は73.2±11.0%(38.0-100.0%)であった.これらの対象における術後の呼吸器合併症について診療記録より後方視的に調査し,呼吸器合併症に影響を及ぼす要因について検討した.呼吸器合併症は,医師によって画像所見,臨床症状から診断された肺炎と無気肺とし,術後から退院に至るまでの呼吸器合併症の併発率と発症日について調査した.次に,術後の呼吸器合併症の併発に影響を及ぼす要因について,ロジスティック解析を用いて検討を行った.解析は,呼吸器合併症の有無を目的変数とし,年齢,性別,BMI,喫煙歴の有無,慢性呼吸器疾患の有無,術前のFEV1.0%,術前移動能力(屋外歩行自立の可否),手術方法(VATS・標準開胸術),切除部位(1葉以下切除・多葉切除)を説明変数とし,ステップワイズ法を用いて,危険率5%を有意水準として検討を行った.なお,術前後の呼吸リハビリテーションは全例で実施し,呼吸器合併症の予防と身体機能の早期回復に努めた.術前は呼吸練習・排痰指導を含む術前オリエンテーションを,術後は術後日より介入し,早期離床を中心に排痰,呼吸練習を実施し,退院までADL練習,運動療法を継続した.
【結果と考察】術後の入院期間は13.9±15.8日(4-167日)であり,術後呼吸器合併症の併発率は4.0%(124例中5例)であった.合併症の発症日は2.2±2.2日(1-6日)と全例で術後1週間以内に認められた.次に,呼吸器合併症の併発に及ぼす要因についてロジスティック解析を用いて検討した結果,術前の移動能力のみが独立して影響を与えており,そのオッズ比(95%信頼区間,p値)は33.8(2.8-404.2,p<0.05)であった.
以上のことより,肺切除術後患者における術後呼吸器合併症の併発率は,極めて低値を示すものの,術前移動能力の低下した症例では,術後1週間以内に呼吸器合併症を併発する可能性が高いことが明らかとなった.したがって,術後呼吸器合併症の予防の面からは,それらの点に留意して呼吸リハビリテーションを実施すべきである.