抄録
【目的】
慢性腰痛に対するリハビリテーションとして腰椎牽引は一般的に用いられる
方法の一つであるが,牽引を行うことによる生体への影響と痛みとの関連については不明確な点が多い.本研究では,スリングを用いた腰部伸筋群に対する90―90度牽引が,腰部伸筋群の筋血流におよぼす影響とそれに伴う主観的な効果との関連を検討し報告する.
【方法】
対象は腰痛のない健常成人10名(男性5名,女性5名,年齢26.4±5.6歳,身
長164.4±7.2cm,体重58.0±6.4kg)と6ヵ月以上持続する神経学的徴候のない慢性腰痛患者10名(男性5名,女性5名,年齢53.3±11.4歳,身長162.3±10.3cm,体重57.2±9.7kg)とした.牽引方法は,被験者に背臥位をとらせ,スリングによる股関節,膝関節90度屈曲位での骨盤ハンギング法を用いた.ハンギングポイントをL5-S1間,スリングポイントを骨盤帯,下腿近位踵部とし,L1棘突起が離床するまでハンギングした.牽引に伴う主観的効果に関する評価は,Semantic Differential(SD)法を用いて,腰部の「軽さ」「心地よさ」を5段階評価した.筋血流動態の評価は,近赤外分光法を用い腰部伸筋群の筋血流量を測定した.測定部位は,第3腰椎棘突起高位にて左右外側3cmとし,被験者にベッド上背臥位をとらせ,牽引施行前5分,牽引10分間,牽引施行後に背臥位にて5分間を組織血流量の指標となる総ヘモグロビン量を用いて経時的に測定した.データは牽引施行前を安静時筋血流量とし,牽引前半,牽引後半,牽引後の各ブロックの平均値を算出し,安静時に対する相対変化率を代表値とした.健常群と腰痛患者群における腰部伸筋群における筋血流量の経時的変化を反復測定による二元配置分散分析および対応のあるt検定を行った.有意水準は5%とした.尚,本研究は当院倫理委員会の承認を得,すべての対象者に実験の主旨を説明し同意を得た後に行った.
【結果】
腰部伸筋群における筋血流量は健常群で,牽引前半5分では約3%減少,牽引後半5分では約2%減少,牽引後では約1%減少と,牽引により血流量が減少していた.一方,腰痛患者群は牽引前半5分では約3%増加,牽引後半5分では約3%増加,牽引後では約1%増加し,健常者とは異なり牽引により血流量が有意に増加していた.SD法による牽引後の腰部の「軽さ」「心地よさ」に関する印象では,健常群ではあまり変化がなく,腰痛患者群では改善傾向を認めた.
【考察】
腰椎背筋群の筋内圧は腰痛出現により上昇し,筋血流量を減少させ阻血性の痛みを呈するとの報告もあり,本研究では牽引による血流量の増加がこの阻血性の痛みに何らかの効果があることが考えられる結果であった.