抄録
【目的】在宅生活を送る利用者に対する訪問リハでは、身体機能面以外へのアプローチの重要性が高い.今回、閉じこもり傾向にあった症例に対する精神機能面へ重点を置いたアプローチを行ったので、その経過について考察を交え報告する.
【対象】脳梗塞、80歳代女性.心不全の既往があるが、ヘルパーを利用しながら自宅で夫と2人暮らしをしており、FIMは96点であった.話好きな性格であるが、近隣の知人も高齢となり交流がなくなっている状態である.訪問リハを実施していたが、徐々に被害妄想や幻覚症状、見当識障害などが出現し、精神機能低下に伴い身体機能、ADL能力にも低下が見られた.FIMは72点まで低下し、HDS-Rは協力が得られず測定不可能であった.なお、今回の発表に関して本人と家族に説明し、同意を得ている.
【経過】機能低下が見られ始めてから約1ヶ月後にカンファレンスを実施し、他者との交流を持つこと、生活リズムの構築、夫の介護負担軽減のためにデイサービスを利用することを提案した.デイサービス利用開始時は、不満を訴え休むことも多く、他利用者との交流もうまく行えていない状態であった.デイサービスに対する希望として本人は運動機能回復を望んでおり、夫と各サービス担当者は精神的安定を望んでいるという相違が見られた.そのため、訪問リハ実施時に他者との交流や生活リズムの安定により、精神的安定や身体機能の向上につながることを本人に対して随時説明した.並行して訪問リハでも、心理状態を観察しながら訴えの傾聴や身体機能面へのアプローチを行った.
【結果】デイサービスを休むこともあったが継続でき、徐々にデイサービスでの出来事がPTとの会話にでてくるようになった.また、自宅では生活リズムの構築ができはじめ、覚醒度も向上してきた.HDS-R:22点、FIM:99点と精神面、ADL面にも改善が見られた.生活に対する意欲の向上も見られ、屋外歩行の練習も可能となった.
【考察】本症例は、老年期に見られる身体への不安やうつ症状、精神機能低下にともなった運動機能低下などが認められ悪循環を起こしていた.夫と2人だけの閉塞的な環境の中で、自分の身体や生活への不安や他者との交流の欲求が満たされない状態が続いたことが急激な精神機能低下へとつながったのではないかと考えられる.家族への依存と他者との交流がもてないといった閉じこもり状態で、寝たきりの危険性が高まっており、アプローチが必要であると考えられる.利用者の生活の場に入る訪問リハスタッフとして、身体機能面のみでなく、これらの心理的な問題にも対応していくことが求められる.高齢者の心理特性を理解した上でPTの視点から考えられる問題点を提起し、他職種と連携して利用者にとって何が必要なのかをチームでアプローチしていくことが重要である.