抄録
【目的】右利き者の利き手運動の場合,運動関連領域は主に運動手と対側半球の賦活が大きく,同側半球の賦活は少ないと報告されている.一方,一側下肢運動では上肢に比べその側性が弱く,比較的両側性に活動するとされる.また,一側上肢運動において,運動課題が単純であるか複雑であるかまたはその強弱によって運動関連領域の活動が異なることが報告されているが,一側下肢運動については不明な点も多い.本研究では,運動療法の1つとして用いられているタオルギャザーに着目し,足趾で握るという一側下肢の屈曲伸展運動における運動関連領域の脳活動を明らかにすることを目的とした.
【方法】健常成人12名(男性5名,女性7名,年齢26.9±5.3歳)を対象とした.課題動作は,開眼座位で右足趾を握るように屈曲伸展させる課題とした.運動強度は被験者の最大強度とその半分程度の力の2種類とした.足趾以外の体幹や膝関節が動かないように十分な練習を行った後,被験者ごとにランダムに施行した.課題動作は,1 Hzで刻まれるメトロノームのタイミングにあわせて動作を行うよう教示した.NIRS計測は日立メディコ製ETG-4000を用い,全22チャネル(右大脳半球9チャネル,中央4チャネル,左大脳半球9チャネル)の計測を行った.計測プローブを国際10-20法のCzを基準として,一次感覚運動野,補足運動野,運動前野などの運動関連領域を覆うように配置した.また,Motion artifactの混入を防ぐため頭部をエア枕で固定した.計測は安静30秒-課題動作16秒-安静30秒を1施行とし,課題ごとに6施行繰り返した.本研究では酸素化ヘモグロビン濃度長変化量(以下Oxy-Hb変化量)を主な分析対象とし,各課題開始前の安静時10秒間のOxy-Hb変化量の平均値に対する3SD(Standard Deviation)を算出し有意水準とした.課題中に有意水準を超えるOxy-Hb変化量の増加が認められたチャネルを脳が賦活した部位とし,その数を活動領域面積の広さとした.運動強度と左右大脳半球間の活動領域面積の広さは2元配置分散分析を用いて比較した.また,動作時の最大振幅から動作前安静時10秒間の平均を差し引いた値を活動振幅値と定義し,課題間の活動振幅値を比較した.活動振幅値について,運動強度と左右大脳半球はWilcoxonの符号付き順位検定により比較した.統計処理は,SPSS17.0を用い,有意水準は5%とした.
【説明と同意】事前に研究の目的とNIRSの安全性について十分な説明を行い,文章にて同意を得た.
【結果】計測した運動関連領域においてOxy-Hb変化量の一過性増加が見られ,脱酸素化ヘモグロビン濃度長変化量(Deoxy-Hb変化量]は一過性に減少するか変化が見られなかった.本研究の一側下肢運動時の脳活動では,左右大脳半球間に活動領域面積と活動振幅値の有意な差はみられなかったが,運動強度による活動領域面積と活動振幅値の有意な差がみられた.活動領域面積の比較において,一側下肢の屈曲伸展運動では左右大脳半球間に有意な差がみられなかったが,運動強度が強い方がより広い領域に有意な賦活がみられた(p<0.05).また,活動振幅値は,左右大脳半球間に有意な差はみられなかったが,運動強度が強い場合,全ての計測領域で運動強度が弱い場合に対して有意に強い活動が計測された(p<0.05).
【考察】一側性下肢運動時において,先行研究では比較的両側性に活動するとされているが,本研究でも頭頂近傍の運動関連領野において両側性に典型的なNIRS計測波形が計測された.しかし,fMRIを用いた先行研究のように左右差を検出することはできなかった.NIRSは空間分解能に劣り,大脳皮質の深部を計測するのは不向きであるとされており,深部に活動源があると考えられる下肢運動計測では左右差を検出することはできなかったと考えられる.また,運動強度を強くすることで運動関連領域の活動領域面積の広さと活動振幅値の増大がみられた.これまで上肢運動において運動の複雑さや強弱により活動領域の広さや活動振幅が異なることが示されてきたが,下肢運動においても同様のNIRS計測結果が得られた.
【理学療法学研究としての意義】これまでNIRSによる歩行時の脳活動計測などが報告されているが,一側下肢運動による報告はない.本研究は,NIRSを用いて一側下肢運動時の運動強度,左右差をみた基礎的研究である.脳梗塞など障害を受けた脳の機能分布は様々な様相を呈することが知られており,本研究で得られた健常例を基に臨床場面における脳機能の状態を評価していくことができる.