【目的】継ぎ足歩行は, 床面に引いた一直線上を, つま先に対側の踵を接触させながら歩行する応用歩行の1つである. 動的バランスの評価や, その向上練習として臨床応用されているが, 評価方法としての信頼性・妥当性を報告した研究は少ない. そこで我々は, 絶対信頼性の観点から, 継ぎ足歩行テストの信頼性を検討してきた. まず, Bland-Altman分析を用いて継ぎ足歩行テストにおける系統誤差の影響を検討した. 結果として, 5mの同テストの所用時間である継ぎ足歩行時間(以下, TGT)と, 所要時間とミスステップ数から算出する継ぎ足歩行指数(以下, TGI)の2種類のテストは, 測定の際に系統誤差が混入しないことが明らかとなった. 続いて我々は, 同テストの測定誤差の範囲を求めることを目的として, 「最小可検変化量 (minimal detectable change, 以下MDC)」を算出した. 結果として, TGTで3.5秒以内, TGIで4.3以内の測定値の変化は測定誤差によるもので, 同値より大きな変化は「真の変化」と判断されることが明らかとなった. そこで本研究では, 先行研究で得られた測定誤差範囲を用いて, 継ぎ足歩行テストの年齢階層別および性別の弁別妥当性を検討することを目的とした.
【方法】対象者は, 493名の地域在住健常成人(年齢62.6±16.2歳, 女性367名, 男性126名)である. 継ぎ足歩行テストとして, 対象者に, 長さ5m, 幅5cmのテープ上を, 片側のつま先と対側の踵を離さないように歩行させ, 要した時間を測定した. また, テープ上から足部が完全に逸脱した回数をミス・ステップ数として計測した. 5mの同テストの所用時間とミスステップ数から, TGT, TGIを算出し, これら2種類のテスト値について年齢階層別および性別の妥当性を検討した.
年齢階級別の検討は, 得られた各テスト値を, 65歳以下, 65-69歳, 70-74歳, 75-79歳, 80-84歳, 85歳以上の5歳毎の6年齢階級に分け, 各階級別の測定値を比較し, 加齢によるテスト値への影響を検討した. また性差については, 男性のn数を考慮して, 64歳以下, 前期高齢者(65-74歳), 後期高齢者(75歳以上)の3年齢階層別に測定値を比較した.
統計学的手法として, 年齢階層別の検討には, 性別の年齢階級を水準とした一元配置分散分析を用い, 主効果が認められた場合, 下位検定としてScheffe法を用いた. また性差については, 各年齢階層別に対応のないt検定を用いた. いずれも有意水準は5%とした.
【説明と同意】ヘルシンキ宣言に基づき, 対象者に対して研究の目的を説明し同意を得た上で, 研究を行った.
【結果】男性については, TGT, TGIのいずれも65歳以下と80-84歳の年齢階級群間で有意差を認めた(p<0.05)が, その他の階級間では有意差を認めなかった. 対して女性については, TGT, TGIのいずれも80-84歳, 85歳以上の2年齢階級と他の年齢階級間に有意差を認めた(p<0.05). 性差については, TGT, TGIのいずれも, 全年齢階層について男性が女性よりも有意に低値を示した(p<0.05).
【考察】本研究結果より, 男女の年齢階級間で統計学的に有意な差が認められた. これらの差は, TGT, TGIの測定誤差範囲である, 3.5秒, 4.3より大きな差であった. このことから, 本研究で認められた年齢階級間の差は, 測定誤差によらない「真の変化」, つまり加齢による変化であると判断できる. 同様に性差については, 男女とも後期高齢者(75歳以上)における有意差のみが「真の変化」, つまり性別による差であると判断できる.
【理学療法学研究としての意義】継ぎ足歩行テストは, 後期高齢者, 特に80歳以上で加齢による影響を受けることが明らかとなった. このため同テストは, 80歳未満・以上で年齢階層別および性別の弁別妥当性を有するといえる. 加えて, 加齢による身体機能の低下を反映するということから, 同テストは身体機能評価としての構成概念妥当性を有することも明らかとなった.
また, 評価結果を臨床応用する場合には, 検定による有意差の検討だけではなく, 本研究で用いたMDCに代表される「臨床的に意義のある最小変化量(minimal clinical important difference, MCID)」の視点からの解釈を加えるべきである.
抄録全体を表示