抄録
【目的】姿勢及び運動制御は運動障害を抱える患者のリハビリテーションにとって重要なテーマである。中枢神経障害をもつ患者の理学療法では機能回復および代償動作獲得のため様々なバランス訓練が行われる。特に、荷重移動課題(weight shift task:WS課題)は臨床で最もよく用いられる方法である。しかしながら、荷重量や移動する速度など細かな方法については決まっておらず、経験的に行われることが多い。
【方法】対象は健常若年男女6名(男性3名、女性3名。平均年齢22±1歳、平均身長163±15cm、平均体重55±10kg)。被検者は目の高さに設置されたディスプレイを見ながら、裸足で床反力計(9286A, KISTLER社製)上に右脚で立つ。画面に正弦波状に上下に動く目標と右脚の荷重量を同時に写し出し、被検者自身の右脚の荷重量を前後(AP)または内外側(ML)に調節し、目標を円滑に追跡するよう指示した。目標の荷重量は50N及び被検者の体重の1/3N、周波数は0.1、0.25、0.5、0.8、1.0Hzとした。組み合わされた課題を10周期以上繰り返し行わせLabViewを使って記録、処理した。
データ解析はMatlabで作成したプログラムで行った。被検者の運動課題に対するパフォーマンスの成績は目標と被検者によって行なわれたAP方向の荷重量の大きさから利得と位相差を計算した。利得は最小二乗誤差法を用いて正弦波形を適合させ、適合させた正弦波の波形の振幅を目標の波形の振幅で除して求めた。位相差は適合させた正弦波形の振幅の最大値の時間から目標の最大振幅の時間を引いた値として求めた。適応性の変化を調べるため、解析データの最初の3試行とそれ以降の7試行のパフォーマンスの成績を比較した。統計解析はSPSSを用いて、有意水準0.05以下とした。
【説明と同意】本研究は本学に設置されている倫理委員会の承認を得ており、募集によって参加した被検者に書面をもって十分な説明を行い、同意を得た者が実験に参加した(承認番号08-49)。
【結果】統計解析の結果、AP方向とML方向に有意な差を認めなかったため、荷重量と速度の比較では両者のデータを含めて行った。50N荷重で最初の3試行の周波数と平均利得は0.1Hz:0.82、0.25Hz:0.99、0.5Hz:1.1、0.8Hz:1.2、1.0Hz:1.1であった。体重の1/3荷重で3試行の周波数と平均利得は0.1Hz:0.71、0.25Hz:0.72、0.5Hz:0.62、0.8Hz:0.58、1.0Hz:0.66であった。50N荷重で7試行の周波数と平均利得は0.1Hz:0.89、0.25Hz:1.1、0.5Hz:1.2、0.8Hz:1.5、1.0Hz:1.5であった。体重の1/3荷重で7試行の周波数と平均利得は0.1Hz:0.87、0.25Hz:0.94、0.5Hz:0.94、0.8Hz:0.91、1.0Hz:0.94であった。
【考察】本研究で荷重量におけるパフォーマンスの成績に有意な差があり、特に周波数と試行回数に違いがみられた。軽い荷重量で行った50Nでは最初のパフォーマンスの成績は良好であったが、その後の試行では周波数が大きくなるにつれ誤差が大きくなっていった。一方、体重の1/3の荷重量では最初のパフォーマンスの成績は軽い荷重量に比べて低かったが、その後の試行では向上し、周波数が大きくなっても一定のパフォーマンスの成績を維持していた。WS課題の初期は適応するために視覚や体性感覚を利用してfeedback系の制御を行っているが、その後の試行では視覚から体性感覚を利用したfeedforward系の制御のためにある一定の荷重量が求心性情報として利用する必要性があったものと考える。
【理学療法学研究としての意義】中枢神経障害患者の理学療法で用いられる荷重訓練において体性感覚からの一定量の求心性情報が必要である。