抄録
【目的】関節モビライゼーションを実施する際には、各関節の安静肢位(最大ゆるみの肢位)としまりの肢位を考慮する必要があり、膝関節(脛骨大腿関節)については、安静肢位は屈曲25°、しまりの肢位は完全伸展位として知られている。ただし、諸家がそれらの角度を提示する根拠は不明確で、一定の見解は得られていない。また、関節モビライゼーションの中では、関節牽引を関節の遊び(joint play)と最終域感(end feel)を評価する方法としても用いるが、渉猟する限り、膝関節の牽引に伴う関節裂隙の変化量(以下、離開距離)に着目した報告はほとんどない。そこで今回、超音波画像を用いて、正常膝関節の牽引に伴う離開距離を解析し、関節角度と牽引強度の違いが及ぼす影響を検討したので報告する。
【方法】実験対象は膝関節に既往のない健常成人16名(男性7名・女性9名)の右膝関節であり、対象者の年齢・身長・体重の平均値(標準偏差)はそれぞれ、25.4(5.6)歳・165.3(8.7)cm・57.2(8.7)kgだった。実験課題は、背臥位および右股関節・膝関節屈曲位の背臥位での右下腿の長軸方向への牽引とし、牽引前と牽引中における右膝関節の内・外側関節裂隙の超音波画像を抽出した。実験条件は、膝関節角度5水準(完全伸展位・25°・45°・70°・90°)と牽引強度2水準(100N・200N)を組み合わせた合計10種類とした。実験肢位の設定には、斜面の傾きを調節できるベンチ(Lojer社製Three Section Bench)と昇降ベッド(パラマウントベッド社製KC-237)を用い、右下腿をベッドに載せて水平位とすることを条件とした。右下腿の牽引にはプーリー(Lojer社製Mobile Speed Pulley)と四肢牽引用バンド(ミナト医科学社製KSUO264)を用い、下腿の下には摩擦を軽減するためにスライディングボード(GSI Gausdal Sewing Industry社製GSI BOARD)を敷いた。関節裂隙の超音波画像は、超音波画像診断装置(日立メディコ社製EUB-7500)を用いて、牽引前と牽引開始から10秒後の静止画(Bモード)を抽出した。なお、プローブは下腿の長軸と平行となることを基準とし、内側関節裂隙(脛骨内側顆と大腿骨内側顆の間)と外側関節裂隙(脛骨外側顆と大腿骨外側顆の間)の前面に当てた。被験者一人当たりの測定回数は、実験条件10種類と抽出部位2種類を組み合わせた合計20回であるが、牽引力を繰り返して加えることでの影響を考慮し、測定は1日以上の間隔をあけて5日に分けて行い、1日の中での測定順序は無作為とした。抽出した画像の解析は、画像解析ソフト(Image J)を用いて、大腿骨と脛骨の前面から関節面に切り替わる部位の長軸上距離を計測し、それらの差から離開距離を算出した。統計学的解析は、統計解析ソフト(SPSS ver.16.0)を用いて、関節角度・牽引強度・部位・性別を要因とする4元配置分散分析と、多重比較検定(Tukey HSD法)を行った。有意水準は5%とした。
【説明と同意】本研究は首都大学東京荒川キャンパス研究安全倫理委員会の承認(承認番号:09001)を得た上で、被験者に対しては、事前に研究趣旨について説明した後、書面での同意を得て実験を行った。
【結果】4元配置分散分析の結果、主効果は関節角度と牽引強度で認め、部位と性別では認めなかった。そこで、実験条件ごとに内・外側裂隙の離解距離を平均し、その値を各実験条件の離解距離と定義した上で、男女を分けず全被験者のデータを用いて多重比較検定を行った。その結果、各実験条件の離開距離[mm]の平均値(標準偏差)は、完全伸展位から順に、100N: 0.18(0.29)、0.45(0.26)、0.51(0.53)、0.29(0.38)、0.25(0.71)、200N: 0.35(0.45)、1.47(1.11)、1.42(0.90)、0.95(0.64)、0.73(1.06)だった。多重比較検定の結果、100Nでは45°の離開距離が完全伸展位より有意に大きく、200Nでは25°と45°ともに離開距離が完全伸展位より有意に大きかった。
【考察】牽引強度の違いが離開距離に及ぼす影響については主効果を認め、牽引力の増加に伴い離開距離は大きくなることが確認できた。一方、関節角度の影響については、角度変化に伴う離開距離の変化の様相から、関節包・靭帯・筋の付着部などの関節周囲の各組織は牽引により均等に伸張されているわけではなく、各組織の伸張の程度は関節角度の違いによって異なることが示唆された。また、多重比較検定の結果から、正常膝関節の安静肢位は屈曲45°付近に位置する可能性が示唆された。
【理学療法学研究としての意義】本研究は、膝関節の機能異常に対し、関節モビライゼーションを実施する際の基礎資料になるものと考える。