抄録
【目的】脳卒中後の運動介入は、中枢神経系の可塑的変化を引き起こし、運動機能の改善を導くことが知られている。さらに、運動介入の種類により運動機能改善及び中枢神経系の可塑的変化に差のあることが報告されている。先行研究では、感覚運動野損傷モデルラットや脳梗塞モデルラットに対する複雑運動介入は、単純運動介入より麻痺側の運動機能回復及び中枢神経系の可塑性促進を及ぼすことが報告されている。しかし、線条体出血モデルラットの報告はされていない。本研究は、線条体出血モデルラットにおいて複雑運動介入が運動機能回復に及ぼす影響について検討した。
【方法】実験動物にはWistar系雄性ラット(250~270 g , n=12)を用いた。無作為に脳出血群(n=10)とSHAM群(n=2)に分け、さらに、それぞれ非運動群(ICH群;n=5,SHAM群;n=1)と複雑運動介入群(ICH-AC群;n=5,SHAM-AC群;n=1)の4群に分けた。脳出血モデルは、深麻酔下にて、頭頂部の皮膚を切開し、頭蓋骨表面のbregmaから左外側3.0 mm、前方0.2 mmの位置に小穴をあけ、マイクロインジェクションポンプにつないだカニューレを頭蓋骨表面から6.0 mmの深さまで挿入し、コラゲナーゼを注入(200ml/U,1.2μl)して作成した。SHAM群には同量の生理食塩水を注入して作成した。複雑運動介入群には、アクロバットトレーニングとして、格子台、縄ばしご、綱渡り、平行棒、障壁を各コース長1 m移動させた。介入は、術後4~28日まで、1日4回実施した。ただし、術後4~6日の介入には必要最低限の補助を加えた。運動機能評価には、Motor Deficit Score (MDS)(自発回転, 前肢把握, 角材歩行, 後肢反射)を用い、 前肢の機能評価としてfoot fault test 、後肢の機能評価として beam walking test、 前肢及び後肢の機能評価としてhorizon ladder test(行動観察によりmiss , slip , partial , correctに分類評価)を実施した。
【説明と同意】本実験は名古屋大学医学部動物実験委員会の承認を得て行った。
【結果】MDSの総合点では、ICH-AC群はICH群と比較して早期に回復する傾向にあったが、両群に有意差は認められなかった。MDSの詳細項目では、前肢把握及び角材歩行において有意に早期回復が認められた。foot fault testでは、ICH-AC群はICH群と比較して麻痺側前肢のエラー数が早期に減少する傾向にあったが、両群に有意差は認められなかった。beam walking testでは、ICH-AC群はICH群と比較して早期に高得点を示す傾向にあったが、両群に有意差は認められなかった。horizon ladder testでは、麻痺側前肢は、ICH-AC群はICH群と比較してmissとpartialが早期に減少する傾向にあり、correctが有意に早期増加した。麻痺側後肢は、ICH-AC群はICH群と比較してslipとpartialが有意に早期減少し、correctが早期増加する傾向にあった。
【考察】ラット線条体出血後に複雑運動を行わせることにより、前肢及び後肢の運動機能回復を早期に改善することが示された。脳出血後、協調運動の学習を要求するような運動を行うことにより、麻痺側の運動機能を早期に回復させることができる可能性が考えられる。
【理学療法学研究としての意義】脳卒中後の運動療法には運動機能改善効果があることが知られているが、運動療法の種類に着目すると、その改善効果には不明な点が多い。本研究は、脳卒中後の運動介入における運動要素の違いが、運動機能に及ぼす影響を検討することで、より効果的かつ効率的な運動療法の考案に貢献できると考えられる。