抄録
【目的】第40回日本理学療法学術大会において、歩行時の骨盤回旋運動と上部体幹の回旋角度に関係があることを報告した。脊柱は24個の椎骨と仙骨から構成され、その運動は多くの関節でなされている。体幹の動きについて、各椎体での屈伸や回旋角度はこれまでも報告されている。臨床では腰椎肢位によって体幹の回旋が変化することを経験するが、脊椎のアライメントの変化による各椎体での動きの変化についての報告は少ない。今回は腰椎の動きに着目し、腰椎の回旋角度を腰椎屈曲位と腰椎伸展位の間で比較・検討した。
【方法】対象は健常成人男性10名、年齢28.3±3.9歳である。腰椎の回旋角度の測定は、座位において体幹の回旋を腰椎屈曲位で左右各3回、腰椎伸展位で左右各3回、計12回測定した。データ数は各被験者につき右回旋と左回旋の2側であり、10名の左右20側となった。測定は3次元動作解析システムVICON370(Oxford Metrics社)にて測定した。マーカー位置は、L1、L5、上前腸骨棘、大転子に両側貼付した。L1、L5については棘突起から左右2cmの位置にマーカーを貼付した。腰椎の回旋角度は、L1とL5において前額面に対する回旋角度を求め、L1の前額面に対する角度からL5の前額面に対する角度を減じて求めた。L1とL5における前額面に対する回旋角度は、水平面上において左右のマーカーを結ぶ線が前額面となす角を求めた。また、一般的に座位では腰椎の伸展には骨盤の前傾が伴い腰椎の屈曲には骨盤の後傾が伴うため、骨盤の前後傾を腰椎の屈伸の指標として用いた。骨盤の前後傾角度は上前腸骨棘と大転子を結ぶ線が前額面となす角とし、前額面より前傾位を正、後傾位を負とした。分析は、腰椎屈曲位と腰椎伸展位の間で回旋角度を比較した。腰椎屈曲位での右回旋、腰椎伸展位での右回旋、腰椎屈曲位での左回旋、腰椎伸展位での左回旋の各計測において3回のデータのうち最大値と最小値を除いた中間値を回旋角度として採用した。統計処理はWilcoxon符号付順位和検定を用い、腰椎屈曲位と腰椎伸展位の間で回旋角度を比較した。なお有意水準は1%未満とした。
【説明と同意】各被験者には事前に本研究の目的と安全性を説明し同意を得た。
【結果】腰椎伸展位より腰椎屈曲位で腰椎の回旋角度が大きくなる傾向があった(20側中16側)。傾向がなかった4側の内訳では、4側とも異なる被験者であり3側は腰椎伸展位と腰椎屈曲位で回旋角度に変化がなく、1側では腰椎屈曲位より腰椎伸展位で回旋角度が大きくなっていた。Wilcoxon符号付順位和検定では、有意差を認めた(p<0.01)。なお、全測定(120回)における平均の回旋角度は腰椎伸展位で4.39±3.85度、腰椎屈曲位で7.66±2.88度であった。骨盤の前後傾角度は腰椎伸展位では27.5±8.0度、腰椎屈曲位では0.9±10.6度であった。
【考察】腰椎の回旋角度は腰椎伸展位より腰椎屈曲位で大きくなることが示唆された。腰椎の回旋は主に椎間関節と各椎体と椎間板の間で行われる。腰椎の椎間関節面は水平面に対して直角に傾斜しているとされている。このため腰椎を屈曲すると椎間関節面が水平面に平行になり、逆に腰椎を伸展すると椎間関節面が水平面に直交する。椎間関節面が水平面に平行になることで回旋運動は起こりやすくなり、腰椎屈曲位では回旋運動が起こりやすいと考えられる。さらに、椎間関節面の角度が上部腰椎は下部腰椎に比較して水平面に対して直角に傾斜しているという特徴を持っている。このことから、腰椎屈曲位では、伸展位に比べ上部胸椎の椎間関節面は水平面に平行になり、回旋運動が起こりやすくなると考えられる。つまり、腰椎屈曲位と腰椎伸展位では上部腰椎の可動性に変化があることが推測される。
【理学療法学研究としての意義】身体運動における体幹の体軸内回旋は胸郭の前後左右への偏移を少なくし、上半身の重心移動を少なくする要素である。腰椎は運動学的に屈曲・伸展の動きが主で回旋運動は少ないと言われているが、そのわずかに動く腰椎の回旋運動も体幹の体軸内回旋の1つの要素である。さらに腰椎肢位の変化によってその回旋角度に変化があることは、多関節で構成される脊柱では腰椎の動きが少ない時は上部の胸椎や頚椎で可動性を補うなど、腰椎の動きが胸椎や頚椎に影響を与えると考えられ、今後腰椎の回旋運動と上位の胸椎や頚椎の回旋運動との関係を調べることは身体の運動連鎖において重要な意味をもつと考える。さらに、椎間関節由来の疼痛などの整形外科疾患においては椎間関節の動きに変化があることは治療アプローチとして臨床応用できると考える。