理学療法学Supplement
Vol.37 Suppl. No.2 (第45回日本理学療法学術大会 抄録集)
セッションID: P2-137
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一般演題(ポスター)
頚髄損傷患者の姿勢制御についての一考察
知覚循環に着目して
安井 常正上西 啓裕池田 吉邦浦 正行有馬 聡中尾 和夫冨田 昌夫
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抄録

【目的】
第38回日本理学療法学術大会で、坐位姿勢の変化により眩暈が生じていた症例に対して、生態心理学的概念に基づく運動療法(以下EPT)を行い改善したことを報告した。本症例は、5年経過した現在も眩暈も生じることなく日常生活が行えている。しかし諸動作においては、頚部・肩甲帯や上肢並びに体幹伸展筋の過剰努力がみられ、度々、頚部や肘に痛みが生じたり、下肢筋の痙性により動作が制限されたりしている。あらためて今回、EPTを行い、どのように姿勢・動作が変化し今後につなげることができるかを、壁にもたれた長坐位(以下長坐位)姿勢ならびにプッシュアップ移動で検討したので報告をする。
【方法】
43歳 女性。脳性麻痺に頚髄症を合併し、H10年にC3-C6の前方固定術を施行するも、C5レベルで麻痺が残存。平成14年時点で、ADLは排泄や入浴動作で一部介助を要するが、その他は自分で行え、車の運転も改造車で自立して行えていたが、背もたれにもたれた途端に眩暈が生じていた。それらに対してEPTを行った(平成16年4月終了)結果、眩暈が改善し、現在も同様のADLが保てている。本症例の長坐位は、腰椎の前彎を強め、上肢の支えと頚部・肩甲帯などの伸筋を過度に使い、頭部を壁に押しつけて姿勢保持を行っている。また、プッシュアップ移動は、主に上肢の力で、臀部を力任せに引きずって後方へ移動している。これらの現象に対して、本人が知覚しやすい頚部・肩甲帯などの表在筋(伸展筋)や上肢を多用し、視覚からの情報を頼りに、体幹伸展筋を優位に働かせて姿勢制御や動作を行っていると仮説を立て、改善のために再度EPTを平成21年9月から週1回の頻度で行った。EPTの内容は、最初に胸郭に2kg、骨盤に3kgの重錘を載せ受動・能動的に体幹を揺すり、体幹の深層筋を活性化させて表在筋を緩ませ、次いで、腹臥位・坐位で能動的に揺れてもらった。その後、寝返りなどの床上動作の誘導を行った。尚、比較・検討は、長坐位ならびにプッシュアップ移動の姿勢・動作観察で行った。
【説明と同意】
今回のアプローチならびに発表にあたっては、事前に本人・家族に対して説明を十分に行い、同意を得ている。
【結果】
長坐位は、頚部・肩甲帯の伸展ならびに挙上が減少し、腰椎の前彎も減少した。その結果、頭部だけではなく背中も壁にもたれさせることができるようになり、上肢の支えも軽減した。プッシュアップ移動は、体幹筋を協調的に使い左右への重心移動を行いながら、移動できるようになった。
【考察】
重力下で安心して動くには基礎的な定位と空間的な定位を上手く協調させて動作を行う必要がある。しかし、本症例は、視覚を優位に働かせ、本人が知覚しやすい頚部・肩甲帯や体幹の伸筋を主に使い、臀部などの支持面の変化を感じることなく力任せに動作を行っていた。その為、体幹の分節的な動きが阻害され、知覚システムが協調して働けずに、適切な知覚循環が行われていなかった。今回、胸郭・骨盤に重錘を載せて揺れることで、ダイナミックタッチにより身体内部が知覚でき、頚部・肩甲帯などの余分な筋緊張が落ち、支持面が感じられるようになったと考えられる。そして、更に腹臥位や坐位でも能動的に揺れることで、身体と外部環境の相互関係を知覚しやすくなり、知覚循環が促進されたと考えられる。その結果、腰椎の前彎を強め、体幹を伸展させて、頭部を壁に押さえつけることで坐位を安定させなくても、支持面の変化にあわせて体幹全体で姿勢制御が行えるようになったと考えられる。また、自分の下肢を視野で捉えやすい長坐位姿勢をとることは、今まで分かりづらかった下肢に気づきやすい肢位であり、更にみながら動くことで、視覚でとらえる支持面の変化と身体で感じる支持面の変化を同時に知覚することが容易になり、空間的定位と基礎的な定位の協調を促せたと考えられる。これにより、力任せに引きずることなく無理のないプッシュアップでの移動が行えるようになったと考えられる。尚、本症例は、諸動作で生じていた下肢筋の痙性も減少してきている。
【理学療法研究としての意義】
適切に知覚循環が行われていれば、時間が経過しようとも、一度獲得されたことは保たれていることが確認できた。ただし、それには個々の知覚システムが適切にキャリブレーションされる必要があり、それが不十分だと、不適切な知覚循環が自己組織化されてしまうことが、今回の症例で分かった。また同時に、適切に知覚循環を促していけば、時間が経過していても、その時点からでも変化することが可能であることも示せた。






































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© 2010 日本理学療法士協会
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