抄録
【目的】投球肩ならびに肘障害は、全身の各関節が効率的に連動できないことにより生じることが多い。特に肩甲骨の運動が制限されやすく、その結果、体幹と肩関節の運動連鎖が妨げられることを臨床において経験する。肩甲帯の運動は胸鎖関節を支点としたもので、肩甲骨の運動に付随して胸鎖関節の運動が生じる。しかし、肩甲骨自動内転運動に伴う胸鎖関節の動態について検討した報告はない。本研究の目的は、投球肩ならびに肘障害を生じた野球選手を対象に肩甲骨自動内転運動と胸鎖関節の動態の関係について検討するとともに、投球側と非投球側の違いについて検討することとした。
【方法】対象は、投球肩ならびに肘障害で当院に受診した男性野球選手14名28肩で、受診時年齢は平均15.5±7.7歳、身長は平均158.1±15.0cm、体重は平均52.5±17.5kg、野球歴は平均6.8±6.4年、肩ならびに肘痛の罹病歴は平均8.7±25.2ヶ月であった。障害の内訳は肩障害6例、肘障害6例、肩肘障害の合併2例で、ポジションは投手7例、捕手5例、野手2例であった。
課題は、上肢を下垂させた静止立位姿勢(以下、静止立位)から両側の肩甲骨を最大限内転させる動作(以下、肩甲骨最大内転)とした。対象者には、マーカーを第7頸椎棘突起、第8胸椎棘突起、左右の肩甲骨の肩峰角に貼付し、課題動作を後方からデジタルビデオカメラで撮影した。映像は、ダートフィッシュ(ダートフィッシュ・ジャパン社製)を用いて二次元動作分析を行い、静止立位と肩甲骨最大内転における肩峰角と脊柱との間の距離を計測し、両者の差(以下、肩甲骨内転距離)を算出した。その後、ALOKA社製超音波画像診断装置(以下、エコー)を用い、鎖骨長軸上でリニアプローブを体表面に対して垂直にあて、胸鎖関節を描出した。得られた画像から胸鎖関節の関節面を構成する胸骨の前縁と鎖骨の前縁との間の距離を計測し、静止立位と肩甲骨最大内転におけるこの距離の差、すなわち水平面上における胸鎖関節の運動距離(以下、鎖骨後方移動距離)を算出した。
検討項目は、28肩を対象に肩甲骨内転距離と鎖骨後方移動距離との関係および投球側(14肩)と非投球側(14肩)の鎖骨後方移動距離の比較とした。統計学的処理には、ピアソンの相関係数、paired t-testを用い有意水準は5%とした。
【説明と同意】全ての対象者とその保護者(対象者が未成年の場合)には測定の趣旨を説明し、同意を得られた後に測定を行った。
【結果】肩甲骨内転距離と鎖骨後方移動距離は、有意な正の相関が認められた(r=0.88)。また、鎖骨後方移動距離は、投球側4.4±1.5mm、非投球側5.4±1.5mmであり、投球側が非投球側に比べて有意に減少していた(p<0.01)。
【考察】一般的に、肩甲骨内転運動では、胸鎖関節の垂直軸での運動として鎖骨の後方移動が生じるとされている。今回、肩甲骨自動内転運動に伴うこの動態についてエコーを用いて観察し、肩甲骨自動内転運動と鎖骨の後方への移動距離は有意に正の相関があることが示された。これは、過去の報告で肩甲骨の内転筋群の重要性が指摘されているものの、肩甲骨の自動内転運動に影響を与える因子として、胸鎖関節の可動性、すなわち鎖骨の後方への移動範囲を獲得することが重要であることを示している。鎖骨の後方への移動範囲の獲得には、鎖骨、肩甲骨に付着する頸部筋、体幹前面筋や胸鎖関節を補強する靭帯の柔軟性が必要であることが考えられる。また、鎖骨後方移動距離を投球側と非投球側で比較した結果、投球側が有意に減少していることが示された。これは、鎖骨の後方移動距離の減少が投球肩ならびに肘障害の要因の一つになっている可能性を示唆している。今回は、肩甲骨の自動内転運動時における胸鎖関節の動態を分析したが、今後は胸郭等の機能も含めて肩甲骨の運動に影響を及ぼす因子についてさらに探索する必要があると考える。
【理学療法学研究としての意義】投球動作は、下肢、体幹からの連動を受け、肩甲帯を介して上肢の運動が行われるため、肩甲帯の機能は重要である。特に、投球肩ならびに肘障害は投球のlate cocking phaseに生じることが多く、この時に肩甲骨は内転、後傾、上方回旋運動が行われている。したがって、肩甲骨のこれらの運動が制限されると肩ならびに肘関節機能への依存が大きくなり、障害を引き起こす要因となる。本研究の結果、肩甲骨の自動内転運動と胸鎖関節の垂直軸での運動に正の相関があり、投球側の胸鎖関節の可動性が減少していたことが確認された。これらは、投球肩ならびに肘障害を生じた野球選手の理学療法を展開していく上で、胸鎖関節の可動性の評価、治療を行う必要性を示唆するものと考える。