抄録
【目的】
高齢者に多くみられる脊柱後弯変形は、歩行能力の低下(坂光ら、2007)、呼吸機能の低下(伊藤ら、2006)、姿勢制御能力の低下(高井ら、2001)など、多くの問題を引き起こすため、変形の予防や改善は重要であると考える。脊柱後弯変形の要因は様々であるが、そのなかに背筋筋力低下も含まれている。
加齢と共に脊柱後弯変形を呈する高齢者は増加するため(山口ら、1977)、高齢者における体幹筋力の評価は重要である。現在までに高齢者の体幹筋力についての報告はあるが、等速性運動による体幹筋力測定はあまり行われていない。伊藤ら(2001)は等尺性収縮と比較して、関節運動を伴う等速性運動の方がより日常生活に即した運動様式であると述べているが、高齢者の等速性運動による体幹筋力測定のプロトコルの検討は不十分であるといえる。今回、筆者らは体幹筋力測定プロトコルを作成するために、高齢者の体幹筋力の特徴を明らかにすることを目的として研究を行った。
【方法】
対象は20歳代から30歳代の健康成人20名(男性10名、女性10名)(以下、若年群)と、当院に外来通院している65歳以上の高齢者20名(男性10名、女性10名)(以下、高齢群)とした。著明な円背を呈する者、腰痛の訴えがある者、腰部に手術の既往がある者は対象から除外した。若年群の平均年齢(±SD)は24.6±1.9歳、身長は169.8±7.6cm、体重は60.8±8.7kgであった。一方、高齢群の平均年齢は86.5±6.4歳、身長は149.1±9.3cm、体重は46.1±7.3kgであった。
測定はBIODEX社製のBIODEX SYSTEM4にて行った。測定肢位は大腿部、骨盤、体幹を強固に固定した足底離床座位とした。まず、測定方法を十分に説明した後に、ウォーミングアップとして練習を数回行った後に測定を実施した。測定はコンセントリックモードにて角速度120deg/secで、体幹伸展、屈曲を交互に5回行った。測定範囲は直立座位を体幹屈伸0°として屈曲30°から伸展30°までの計60°とした。測定結果から最大トルク、運動開始から最大トルクを発揮するまでの角度(以下、最大トルク角度)、体幹伸展方向の最大トルクを体幹屈曲方向の最大トルクで除した値(以下、E/F比)、測定終了前1/3の仕事量を、測定開始後1/3の仕事量で除した値(以下、仕事量疲労度)を今回の検討に用いた。なお、最大トルクについては体重で除した値を採用した。各項目について、若年群と高齢群で比較した。統計学的分析には対応のないt検定を用いた。危険率5%以内を有意とした。
【説明と同意】
本研究は、医療法人エム・エム会マッターホルンリハビリテーション病院倫理審査委員会の承認を得て行われた(承認番号:MRH09025)。対象者には、研究の趣旨を十分に説明し、紙面で同意を得た。
【結果】
体幹伸展の最大トルクは若年群で4.80±1.37Nm/kg、高齢群で1.11±0.48Nm/kgであり両群に有意な差を認めた(p<0.01)。体幹屈曲の体幹トルクは若年群で2.39±0.34Nm/kg、高齢群で0.40±0.26 Nm/kgであり両群に有意な差を認めた(p<0.01)。最大トルク角度は伸展時では若年群で9.8±4.3°、高齢群で19.0±3.8°、屈曲時では若年群で11.8±5.7°、高齢群で23.5±7.9°であり、屈曲および伸展のいずれも両群に有意な差を認めた(p<0.05)。E/F比は若年群で2.0±0.46、高齢群で3.3±1.7であり両群に差を認めなかった。仕事量疲労度は伸展時では若年群で88.4±16.1%、高齢群で94.6±37.5%、屈曲時では若年群で68.3±6.7%、高齢群で72.5±23.1%であり両群に差を認めなかった。また、筋力測定後に腰痛を訴えた対象はいなかった。
【考察】
最大トルクについては等尺性筋力評価による研究と同様に、高齢群で有意に低い値を示した。最大トルク角度においては屈曲、伸展いずれも高齢群で大きい値を示し、最大トルクを発揮するまでにより時間を要していた。これは体幹筋の瞬発力低下を表していると考えられる。腰痛を有すると低下すると言われているE/F比、筋持久力を反映する仕事量疲労度には差を認めなかった。以上のことから高齢者の体幹筋力は、筋力、瞬発力の低下が特徴的であると考えられた。本研究で用いた120deg/secによる等速性体幹筋力測定は、高齢者でも実施可能で、また測定中や測定後に腰痛などの愁訴は全くなかったことから、危険性が伴わない方法であり、高齢者の体幹筋力測定に適していると考えた。
【理学療法学研究としての意義】
本研究で実施した120deg/secという角速度での高齢者の体幹筋力評価は、安全で正確に実施できるものと考えられる。今後は、本プロトコルを基準にして各年代の体幹筋力の測定を行うことで、高齢者の体幹筋力の特徴をさらに正確に捉えることができ、運動療法に必要な評価に位置付けられると思われる。