抄録
【目的】
大腿骨近位部骨折は老年期における寝たきりの要因として重視されている.大腿骨近位部骨折患者に対する理学療法では,術側股関節外転筋力の増強を図り,歩行能力を改善させることが重要である.直立二足歩行を獲得したヒトにおいては,球(臼)関節である股関節と肩関節は,上肢と下肢の作用の違いのため.構造に相違があるものの,解剖学的に類似した点がみられる.肩関節に対して「股関節の三角筋」として大腿筋膜張筋,中殿筋,大殿筋が存在し,解剖学的,機能的に類似している.肩関節における研究・報告は,外転筋よりもrotator cuff(回旋筋腱板)に関連したものが多く,肩関節外旋運動の効果,有用性が報告されている.一方,股関節外旋運動については関連するものを含めても我々が渉猟する限りにおいては数少なく,その有用性は検討されていない.肩関節同様,股関節外旋運動により股関節外転筋が効率的に活動することが示されれば,股関節外転筋機能が予後に帰結する大腿骨近位部骨折患者に対し,より効果的な理学療法を提示出来ると考えられる.そこで本研究では,表面筋電図を用いて大腿骨近位部骨折患者に対する股関節外旋運動が歩行時の股関節外転筋活動に及ぼす影響について検討することを目的とした.
【方法】
対象は某リハビリテーション病院入院中の大腿骨近位部骨折患者9名(平均年齢79.6±6.3歳,大腿骨頸部骨折3名,大腿骨転子部骨折6名)とした.股関節外旋運動,外転運動前後において,歩行時の股関節外転筋筋活動,歩行速度の2項目を測定した.歩行時の筋活動として導出筋を中殿筋,大腿筋膜張筋,大殿筋とし,表面筋電計を用い筋電積分値(Integrated Electromyogram:IEMG)を算出した.1歩行周期時間を階級幅10%にて分割(0-100%),正規化のため股関節外転の最大随意収縮におけるIEMGを測定し,%IEMGを算出した.股関節外旋運動として座位での外旋運動,股関節外転運動として臥位での外転運動をそれぞれ訓練用ゴムチューブを用いた抵抗運動にて実施した.各運動前後の項目の比較に対応のあるt検定を用い,有意水準は5%未満とした.また,外旋,外転運動前後における各測定項目の変化率も比較を行った.
【説明と同意】
被験者には本研究の趣旨を説明し,自署による研究参加への同意を得た.尚,本研究は研究実施施設の倫理委員会の承認を得て行った.
【結果】
外旋運動,外転運動後ともに歩行速度は有意な増加を示した.外旋運動後,歩行周期の0-10,11-20,61-70%にて中殿筋の歩行時%IEMGも有意な減少を示した.一方外転運動後では,中殿筋では歩行周期0-10,31-40%,大腿筋膜張筋では11-20%にて有意な増加を示した.外旋運動と外転運動前後における変化率の比較では,外旋運動前後での歩行周期0-10,11-20,21-30,31-40,41-50,61-70%における中殿筋の歩行時%IEMG変化率,歩行周期0-10%における大腿筋膜張筋の歩行時%IEMG変化率,歩行速度の変化率が外転運動前後に対して有意な低値を示した.
【考察】
外転運動後の股関節外転筋%IEMG増加は,股関節外転筋群の運動単位発火頻度増加によるものと考えられる.外旋運動後,股関節外転筋%IEMGは減少を示した.股関節と似通った形状である肩関節では,外旋筋群が肩甲骨関節窩に対する上腕骨頭の求心性を提供し,肩関節の安定化への作用が報告されている.外旋運動後における股関節外転筋歩行時%IEMGの減少は,少ない筋活動により歩行速度を低下することなく歩行可能であったことを示していると考えられ,外旋運動により即時的に外旋筋群の収縮により股関節の安定性が高まり,股関節外転筋の効率化が得られたと考えられる.
【理学療法学研究としての意義】
股関節外転筋群の筋力増強とともに理学療法場面で股関節外旋運動を実施することにより,股関節外転筋群の効率的な活動を獲得出来うる可能性が示唆された.