抄録
【目的】我々は,第44回日本理学療法士学術大会おいて,小中学生および高校生投手の「シャドーピッチング」における投球相の時間と割合を,一般的なデジタルビデオカメラを用いて計測した結果,骨格および運動発達の状況やパフォーマンスの熟練度によって,その時間や割合が変化することを報告した.今回は,投球障害を呈し復帰可能であった投手と,復帰が困難であった投手を対象に,同様の方法を用いて投球相の時間や割合について比較・検討を行った.
【方法】対象は,当院のスポーツ整形外科外来を受診した投手28名(高校生18名:平均年齢16.5±0.75歳,大学生・一般10名:平均年齢21.35±1.96歳)である.方法は,シャドーピッチングを投球側矢状面より,デジタルビデオカメラ(victor社製Everio GZ-MG575 コマ数:1/30秒)にて撮影した.シャドーピッチングは,マウンドからホームまでの距離と投球強度70%を想定し,数回の練習を行った上で2回の撮影を行った.次に動画データよりワインドアップ期(非軸脚の運動開始~非軸脚の膝の最高点:以下WU),早期コッキング期(非軸足の接地まで:以下EC),後期コッキング期(投球側肩関節の最大外旋位まで:以下LC),加速・フォーロースルー期(ボールリリースがないことより肩最大外旋以降の投球側上肢の運動終了:以下AC・FT)の4相の時間を計測し2回の平均値を算出した.得られた平均値を基に投手として復帰可能だった群(21名)と復帰が困難であった群(手術に至った者2名,ポジションを変更し復帰した者5名)2群に分類し,各相の平均時間・割合を求め比較・検討を行った.
【説明と同意】本研究に参加した対象者全員に,評価としての動画撮影の意義と本研究の目的について十分に説明を行い同意を得た上で,動画撮影を行った.
【結果】投手として復帰可能だった群は,WU:0.84±0.19sec(35.95±8.18%),EC:0.96±0.17sec(41.03±7.19%),LC:0.08±0.03sec(3.23±1.18%),AC・FT:0.46±0.06sec(19.8±2.7%)であった.復帰が困難であった群ではWU:0.76±0.13sec(36.37±6.47%),EC:0.73±0.04sec(35.16±2.05%),LC:0.15±0.05sec(7.19±2.25%),AC・FT:0.44±0.03sec(21.28±1.59%)であり,復帰が困難であった群では,ECが短く,LCが長くなる傾向を認めた.
【考察】一般にECはテイクバック動作が開始され,投球の運動連鎖において非常に重要な相であり,LCは肩関節が最も外旋した肢位となり,肘では外反ストレスが増強する肢位となる.今回の結果より,復帰困難な群においてECの時間と割合が短くなる傾向と,LC時間の延長を認めたことは,投球における運動連鎖が破綻した結果生じる変化であることが考えられる.つまり,下肢から上肢帯へ身体エネルギーを伝えることができないパフォーマンスもしくはその熟練度,さらには肘,肩に障害を及ぼした結果,代償的なパフォーマンスとなったことが示唆される.したがって,EC・LC時間および割合は投球障害の程度とその回復の指標となることが推察される.
【理学療法学研究としての意義】投球障害において,身体機能評価とともに投球動作を分析・評価することは,臨床上重要な評価である.しかし,多くの臨床施設において運動学的な分析を行える評価機器があるとは言い難く,セラピストの主観的な評価となり,経験を必要とする.そこで,多くの施設で利用できる一般的なデジタルビデオカメラを投球動作分析に試行した.今回の結果では,動画データから得られた投球相の時間や割合は,投球障害の重傷度に影響していると推察される.また,今回の方法は,多くの施設で利用可能な方法であると同時に,臨床上簡便で有用な客観的データとなることが考えられる.