抄録
【目的】一般的に重度嚥下障害を有する患者の経口摂取時の姿勢は、ベッドギャッチアップ角度30度が推奨されているが、円背等の理由により頚部の角度の調整が必要となる場合がある。嚥下に関する体幹角度および頚部角度の報告は数多くされているが、頚部角度を頭部の環軸関節と頚部の第三~七頚椎の複合運動として捉えた報告は少ない。今回、嚥下時の頭部角度と体幹角度(ギャッチ角度)に着目し、重度嚥下障害者における嚥下姿勢の評価指標の一助とするため、健常者にて検討を行った。
【方法】対象は健常人11人、年齢平均30±12.0歳とし、VFチェアー車椅子座位とした。頚部角度が日本整形外科学会の頚部可動域0度にて固定し、中間位とした。頭部角度は、車椅子座位計測規準ISO16840-11)2)による眼縁と耳珠点を結ぶ線を移動軸、体幹の垂線を基本軸として計測を行った。ギャッチ角度30、45、60度において、中間位、頭部前屈10度、頭部後屈10度のそれぞれにおいて、3 cc、10cc、30ccの水飲みを実施した。また、ギャッチ30度時のみ頭部屈曲角度20度の評価を加えた計30回実施した。尚、どの設定においても一旦口腔内に含んだ状態から嚥下するよう指示した。飲みやすさの主観的評価は、口頭式評価スケール(verbal rating scale:以下VRS)を「嚥下の難易度」と改変して用い、5段階(1:変化なし、2:軽度嚥下しにくい、3:中等度嚥下しにくい、4:重度嚥下しにくい、5:飲めない)とした。統計学的処理は各飲水量に対するギャッチ角度、頭部角度におけるVRS値をWilcoxonの符号付き順位検定で分析し、有意水準は5%未満とした。
【説明と同意】被験者には本研究の趣旨を十分に説明し同意を得た。
【結果】同一ギャッチ角度、同一量にて頭部10度屈曲位、中間位、頭部10度伸展位間の差の検定を行った。飲水量に関わらず、頭部10度屈曲位(平均VRS値1.6)と頭部10度伸展位(平均VRS値2.3)間において有意差(P<0.05)がみられた。頭部10度伸展位と中間位(平均VRS値1.8)は、3cc飲水60度ギャッチ角度(P>0.01)、10cc飲水45度ギャッチ角(P>0.01)、30cc飲水45度ギャッチ角(P>0.03)で有意差が見られた。
【考察】今回、飲水量に関わらず、頭部10度屈曲位では嚥下し易く、頭部10度伸展位では嚥下しにくくなる結果が得られた。健常人においてもギャッチ角度に関わらず頭部の伸展角度が嚥下の難易度に大きく影響を及ぼすと思われた。つまり、頭部の可動域により嚥下の難易度は変化することが示唆された。重度嚥下障害患者の経口摂取時の頭部肢位は、顎引き肢位が推奨されているが、今回の研究においても同様の結果が検証できた。但し、評価指標としてISO16840-1の基準を使用することにより、正確に顎引き肢位を設定、再現することが可能になると考えられる。
【理学療法学研究としての意義】嚥下におけるポジショニングや体幹に関する研究は多くされている中、頭部角度に着目した報告は少なく、臨床における研究課題になると考えた。また、ランドマークとして使用したISO16840-1の位置関係は、臨床現場や福祉施設においても標準指標として使用可能と考えられる。今後の課題としては、疾患による差が健常人と比較して、どのような違いがあるか検討する必要性がある。
参考文献
1)半田隆志、廣瀬秀行、鈴木聖貴、Barbara Crane:ISO16840-1に準拠した座位姿勢計測ソフトウェアの開発 第22回リハ工学カンファレンス講演論文集,pp131-132,2007
2)桑幡和司:ISOに基づく計測箇所の詳細 第1回ISO16840-1に準拠した座位姿勢計測セミナーテキスト,pp10-13,2009