抄録
【目的】転倒は日常生活での外傷要因としてリスクが高く、その多くが段差や突起物でのつまずきによって発生している。さらに屋内外を問わず、階段での転倒発生頻度が高いことが報告されている。また裸足時、スリッパやハイヒールなど脱げやすい履物着用時に転倒リスクが高いとされている。一方、階段昇降動作についての研究では下肢関節の角度やモーメント、筋活動に関する研究は見られるが、履物の有無や種類が階段昇降に与える影響についての報告は散見される程度である。そこで本研究では、つまずきという観点から、履物の有無と種類が昇段動作時の足部クリアランスに与える影響を調査することを目的とした。
【方法】対象者は下肢に整形外科的疾患のない大学生男女各10名(平均年齢21.4±0.91歳)とし、男性は屋外用スリッパ、女性はヒール高さ6~10cmのハイヒールを週1回以上使用している者とした。対象者には基礎データとして身長、体重、スニーカー・ハイヒール・屋外用スリッパ使用頻度を聴取した。運動課題は踏面30cm、蹴上15cmの4段の階段昇段動作とし、測定条件を男性は裸足・スニーカー・屋外用スリッパでの昇段、女性は裸足・スニーカー・ハイヒールでの昇段とした。被験者の右下肢(腸骨陵、大転子部、膝関節中央、外果、中足骨頭部、足趾または履物の先端)と階段の3段目段鼻に反射マーカーを取り付け、右下肢の矢状面上の動きをデジタルビデオカメラで撮影した。被験者は階段の1歩後方から昇段動作を開始し、1段目で左足を階段の直前につき、2歩目で右足を1段目に乗せ、その後1足1段で4段目までの昇段を行った。速度は被験者の快適速度とし、足底全体を踏面に乗せるかどうかは被験者の任意とした。スニーカーおよびスリッパは研究用に用意した物から被験者に最も合うものを選択させた。ハイヒールはヒール高6~10cm、ヒール底4cm2以内のもので被験者が普段使用しているものを用いた。測定条件の順番はランダムとし、練習は最初の履物で1度のみ行った。撮影した動画は画像解析ソフトImage Jに取り込み、反射マーカーを参考として、右足部が3段目の踏面延長上を通過する際(水平クリアランス)と、3段目の蹴上延長線上を通過する際(垂直クリアランス)の足尖‐段鼻間距離を計測した。関節角度は、右遊脚期に右足部が2段目の蹴上延長線上を通過し4段目に接地するまでを解析し、股関節・膝関節・足関節について水平および垂直クリアランス時と解析範囲での股関節および膝関節最大屈曲角度と足関節最大背屈角度を計測した。統計処理はSPSSVer.14(SPSS Japan社製)を用いて男女別にFriedman検定を行い(p<0.05)、有意差を認めたものはWilcoxonの符号付き順位検定にBonferroniの不等式を適用した多重比較検定(p<0.01667)を実施した。
【説明と同意】対象者には研究の趣旨を事前に説明し、同意を得た上で実施した。なお本研究は畿央大学研究倫理委員会の承諾を得て実施した。
【結果】男性は垂直クリアランス時の股関節角度でスリッパが裸足より有意に高値を示した(p=0.009)。また、水平クリアランス時の膝関節角度でスリッパが裸足より有意に高値を示した(p=0.009)。動作中の最大角度は膝関節で裸足よりスリッパが有意に高値を示した(p=0.005)。女性では垂直クリアランス距離が裸足よりハイヒールで有意に高値を示した。また、垂直クリアランス時の足関節角度でハイヒールが裸足、スニーカーよりそれぞれ有意に低値を示した(p=0.007,0.005)。動作中の最大角度は足関節でハイヒールがスニーカーより有意に低値を示した(p=0.007)。
【考察】垂直クリアランス時にスリッパの股関節屈曲角度が裸足と比べ有意に増加したのは、スリッパが踵から離れやすいことや、他の履物と比べて背屈角度が減少する傾向があることなどから、機能的下肢長が長くなりやすく、股関節屈曲角度の増加により、クリアランスに余裕を持たせていることが考えられる。また、ハイヒールでも足関節背屈角度が有意に減少したが、ヒール部分が段鼻に引っかかるのを防ぐためと、ヒール部分と前足部を同時に接地させ、支持基底面を大きく取るためと考えられる。また、垂直クリアランスが裸足と比べハイヒールで大きかったのは、自分自身の足部の輪郭とハイヒールの輪郭に大きな違いがあり、段鼻と足部の位置関係の見積もりに誤差が生じやすく、余裕を持って動作を行っているためと考えられる。
【理学療法学研究としての意義】外的要因である履物の有無と種類の違いにより、多く発生していると思われる階段におけるつまずきのリスクを検討することで、転倒の減少につなげる。