抄録
【目的】
前庭感覚は姿勢調節において最も重要な器官であり、転倒の多くは前庭器官の機能不全が誘引となっているという報告もある。また、高齢者や脳卒中片麻痺者では、頭部の回旋によってめまいやバランス障害を引き起こす場合がある。これまで、耳鼻咽喉科領域では、galvanic body sway testやactive head rotation testが導入されているが、理学療法領域では前庭刺激を与えた評価方法は実用化されていない。そこで本研究では、頭部回旋による前庭感覚刺激を行った際の足圧中心の動揺を分析し、臨床的な検査法を開発するための基礎資料を得ることを目的とする。
【方法】
対象者は健常大学生20名(年齢22.0±1.1歳)であった。被験者は、重心動揺計(アニマ社製ツイングラビコーダG-6100)上でRomberg肢位を保持した。条件は1)開眼静止立位、2)閉眼静止立位、3)開眼自動頭部回旋、4)閉眼自動頭部回旋、5)開眼他動頭部回旋、6)閉眼他動頭部回旋、7)開眼静止立位とし、2)から6)の条件の順序は無作為とした。頭部回旋は、メトロノームに合わせて1秒間に1動作、回旋範囲は左右30°とした。姿勢が安定してからの60秒のうち、20秒後からの20秒間に頭部回旋を実施し、その後20秒間は静止立位を保持した。重心動揺計の取り込み時間は50ミリ秒とした。評価指標は、圧中心の総軌跡長、動揺面積、単位面積軌跡長、前後方向の圧中心位置とした。頭部回旋刺激の影響を検討するために1)と7)との値を比較し、また、頭部回旋刺激は異なる日に2度測定した結果を比較した。統計処理は、他動・自動動作の比較と動作の前後の比較には分散分析ならびに対応のあるt検定を用い、有意水準は5%とした。
【説明と同意】
所属施設倫理委員会の承認を得た上で行った(承認番号9‐506)。被験者には、個別に研究内容の説明を行い文書により同意を得た。
【結果】
開眼静止立位2回の変動係数は、総軌跡長9.5±5.5%、動揺面積13.2±9.2%、単位面積軌跡長9.3±7.7%であった。異なる日の頭部回旋刺激の再現性は、総軌跡長11.8±7.7%、動揺面積15.8±9.5%、単位面積軌跡長14.2±13.6%であった。開眼では、総軌跡長は自動396±188(mm)で他動337±134(mm)に比べ有意に大きく、単位面積軌跡長も自動0.21±0.056(mm2/mm)で他動0.18±0.05(mm2/mm)に比べ有意に大きかった。閉眼も同様に、総軌跡長は自動522±224(mm)で他動404±150(mm)に比べ有意に大きく、単位面積軌跡長も自動0.21±0.065(mm2/mm)で他動0.17±0.045(mm2/mm)に比べ有意に大きかった。頭部回旋前後の比較については、開眼では、自動では動揺面積が動作前0.72±0.46×103 (mm2) に比べ動作後1.32±0.84×103 (mm2)と有意に増加し、単位面積軌跡長は、動作前0.37±0.23(mm2/mm)に比べ動作後0.22±0.12(mm2/mm)で有意に減少した。他動でも同様に動揺面積が、動作前0.79±0.60×103 (mm2)に比べ動作後1.16±0.65×103 (mm2)で有意に増加し、単位面積軌跡長は、動作前0.35±0.21(mm2/mm)に比べ動作後0.24±0.11(mm2/mm)で有意に減少した。閉眼では有意な差は認められなかった。
【考察】
刺激条件前後の静止立位での値の変動係数は16%未満であり、測定中の環境変化や被験者に疲労の影響は少なかったと考えられる。また、頭部回旋についても同様に再現性の高い結果が得られた。単位面積軌跡長は、深部感覚系の姿勢制御の微細さを示す指標と言われ、他動回旋では自動回旋よりも微細な制御が損なわれている可能性が示された。自動回旋では、予側的姿勢制御が実行され刺激の前段階に構えを取ったため総軌跡長が他動回旋よりも大きく単位面積軌跡長も大きかったものと考えられる。開眼での頭部回旋後は動作前に比べ姿勢制御の微細さが損なわれたことを示唆している。頭部回旋中は閉眼に比べ開眼では前庭への回旋刺激に加え視覚刺激が繰り返されていたが、動作後にその刺激が止み、身体の空間定位における感覚相互の統合処理に一時的な破綻が生じたために動揺面積が増大したのではないかと考えられる。
【理学療法学研究としての意義】
高高齢者や脳卒中片麻痺者などのバランス障害を評価するための前庭刺激を用いた新たな検査法を作成するための基礎資料が得られ、高齢者の転倒予防や脳卒中片麻痺者の姿勢調節障害の評価や治療法への発展が期待できる。