抄録
【目的】
下肢伸展挙上運動(以下,SLR)は大腿四頭筋の筋力増強運動として用いられている.しかし,大腿直筋と内側広筋・外側広筋ではSLR時の筋活動量が異なるため,得られる効果に違いが生じると考えられる.そこでSLR時の大腿直筋,内側広筋,外側広筋の筋活動量を明らかにし,どの程度の負荷を加えることで大腿直筋,内側広筋,外側広筋の筋力増強効果が期待できるかを検討することを目的とした.
【方法】
対象は股関節・膝関節に整形外科疾患の既往のない一般健常大学生男女10名(男性7名,女性3名,年齢21.7±0.6歳,身長168.7±6.5cm,体重57.8±7.1kg)とした.表面筋電図を用い,最大随意収縮(以下,MVC)時とSLR時の大腿直筋,内側広筋,外側広筋の筋活動を測定した.SLRは,最大等尺性膝伸展トルク値の15%,25%の負荷量を0.25kg単位で算出し,負荷なし(以下,0%負荷),15%負荷,25%負荷の3試行を3回ずつ行い,3回目のみ採用した.測定は他動的に下肢を挙上した状態から手を離し,5秒間保持させた.0%負荷を最初に実施し,15%負荷,25%負荷は被験者ごとにランダムとした.得られた全ての筋電図は全波整流を行ない,測定した5秒間のうち,間3秒間のデータを用い,100msec単位のRoot Mean Square(RMS)を算出し積分値とした.SLR時の積分値をMVC時の積分値で除することにより%MVCを求めた.各筋の負荷量0%,15%,25%での筋活動をそれぞれ比較するために,Wilcoxonの符号付順位和検定を実施しBonfferoni法で修正した.有意水準は5%未満とした.
【説明と同意】
全対象者に対し,事前に研究の趣旨と内容,対象者自身の意思でいつでも参加中止できること,参加中止により不利益を被ることがないことを書面及び口頭で説明し,同意書に本人が署名することで同意を得た.なお,本研究は群馬パース大学の研究倫理委員会の承認を受けて実施した.
【結果】
大腿直筋の%MVCは,0%負荷で76.0±18.7%,15%負荷で104.9±19.3%,25%負荷で131.1±34.8%であった.内側広筋の%MVCは,0%負荷で29.0±14.9%,15%負荷で41.6±19.0%,25%負荷で52.8±29.5%であった.外側広筋の%MVCは,0%負荷で32.6±12.5%,15%負荷で42.7±13.1%,25%負荷で55.1±20.5%であった.各筋において,負荷量の違いによる筋活動を比較すると,大腿直筋,内側広筋では全ての組み合わせで負荷量が大きいと,筋活動が有意に大きくなったが,外側広筋では0%-15%間のみ有意差が認められず,他の組み合わせでは負荷量が大きくなると筋活動量も有意に大きくなった.
【考察】
SLR時の大腿直筋ではどの負荷量でも%MVCが70%を上回っていた.筋力増強に関しては,最大挙上負荷の65~70%以上の負荷が必要であるとされており,大腿直筋はSLR時の負荷は0%負荷でも筋力増強効果が期待できることが考えられた.一方,内側広筋,外側広筋では負荷量25%でも%MVCが50%前後であった.等尺性収縮運動では最大筋力の60~70%の負荷量で6~10秒間,40~50%では15~20秒間の収縮持続時間が必要とされている.SLRでは内側広筋,外側広筋は等尺性収縮で作用するため,SLR時の負荷が最大等尺性膝伸展トルクの25%まででは,内側広筋,外側広筋に筋力増強効果が得られにくいことが考えられた.以上のことから,SLRでの大腿四頭筋に対する筋力増強効果は,大腿直筋では期待できるが,内側広筋・外側広筋では効果が得られにくく,効率の良い手段ではないと考えられた.さらに,SLR時の負荷量の違いによる各筋の%MVCを比較したところ,外側広筋の0%負荷と15%負荷の間でのみ有意差が認められなかった.その理由として,膝関節伸展時に内側広筋と外側広筋の活動を比較すると内側広筋の方が強力であることが考えられた.外側広筋は,SLR時に最大等尺性収縮での負荷量の15%程度の負荷では活動量が増加しないことが明らかとなった.
【理学療法学研究としての意義】
本研究により,SLRでの筋力増強効果は,大腿直筋では期待できるが,内側広筋・外側広筋では効果が得られにくく,効率の良い手段ではないことが示唆された.この結果は,筋力増強を目的とした理学療法プログラムを処方する上での有用な根拠となると考えられ,理学療法学研究としての意義は高いと考えられる.