理学療法学Supplement
Vol.38 Suppl. No.2 (第46回日本理学療法学術大会 抄録集)
セッションID: OI1-011
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口述発表(一般)
歩行における床面の素材の変化に対する適応過程の検討
河石 優安田 夏盛福本 貴彦森岡 周
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キーワード: 歩行, 運動制御, 環境適応
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抄録

【目的】ヒトの歩行は常に変化する環境下で行われており、中枢神経系は安定した歩行を維持できるようこれらの環境の変化に適応した運動を制御している。これまで、歩行中の環境の変化に対する運動制御に関する研究は、「床面が滑る」、「床面が沈む」、「押される」などといった環境下で数多く検討されてきた(Marleen H et al.2009; Tamika L et al.2006; Tang et al.1996)。これらの先行研究では、環境が変化した直後の姿勢制御反応を主な調査対象としている。しかし、環境の変化に対する歩行の適応過程を検討する為には、環境が変化する時点の前後での運動制御を、時系列に追って検討する必要がある。
本研究では、床面の素材が途中で変化する特殊な歩行路上を歩行中の下肢の筋活動、関節運動を測定し、環境の変化に対する歩行の適応過程を検討した。

【方法】対象は健常成人10名(平均年齢24.2±1.4)とした。歩行路は、床面の素材が途中で木製からスポンジ製に変化するものとし、全体に布を被せ、その変化が視覚的に確認できないようにした。測定は被験者が一定の歩幅で歩ける様に事前に練習した後行い、歩行路上を歩行中の左下肢の1~7歩行周期(cycle1~7)について行った。また、測定時、cycle1~3は木製、cycle4~7はスポンジ製の歩行路上を歩行する様、被験者ごとに素材が変化する位置を設定した。試行は連続して3回行った。筋活動を表面筋電計により記録し(EMG)、導出筋は左前脛骨筋(TA)、腓腹筋(GS)、大腿直筋(RF)、大腿二頭筋(BF)とした。また、左股、膝、足関節の関節運動を電器角度計により記録した。さらに、左踵部にコンタクトスイッチを貼り、その記録から踵接地の瞬間を同定し、踵接地時から次の踵接地までを1歩行周期とした。
記録したEMGより各cycleごとに踵接地から200msまでの積分値(iEMG)を算出した。関節運動については、各関節間の協調パターンを検討する為に、xyグラフのx座標に一方の関節の値、y座標にもう一方の関節の値を入れ、各cycleごとにグラフ上に曲線として表現し、さらにその曲線によって描かれた図形の外周距離を算出した。
統計処理はそれぞれ算出した値を1試行目と3試行目について、各cycleごとに対応のあるt検定を用いて比較した。また、それぞれの算出した値について、cycle4~7における変動係数を計算し、1試行目と3試行目で対応のあるt検定を用いて比較した。(p<0.05)

【説明と同意】全ての被験者には、本研究の主旨を説明し研究の参加に対する同意を得た。

【結果】iEMGについては、TA、RF、BFにおいてcycle4で3試行目が有意に小さかった。また、GSにおいてはcycle4、5で3試行目が有意に小さかった。関節間協調パターンを表す図形の外周距離については、足-膝関節、膝-股関節の協調パターンにおいてcycle3で3試行目が有意に大きく、cycle4で3試行目が有意に小さかった。変動係数については、iEMGではTA、図形の外周距離では膝-股関節、股-足関節の協調パターンにおいて、3試行目が有意に小さかった。

【考察】1試行目と3試行目の違いは、素材の変化を過去に経験し、また予測できたか否かである。
iEMGの結果について、1試行目では急な素材の変化に対し筋活動を上げることで歩行を維持したのに対し、3試行目では先の変化を予測することで変化後も最小限で最適な筋活動によって歩行を維持したことを表している。
関節間協調パターンを表す図形について、1試行目ではcycle1~3に比べcycle4で急激に大きく拡大し、その後徐々に一定の大きさに収束していくのに対し、3試行目ではcycle3の時点ですでに図形の拡大が始まっており、cycle4以降一定の図形の大きさとなった。図形の外周距離の比較結果もこれを表すものとなった。
算出したデータにおけるcycle4~7の変動係数は、素材の変化後、運動制御のパターンがどの程度乱れたかを表しており、3試行目で有意に小さかったことから、素材の変化後もより安定した歩行を維持していたと考えられる。
以上のことから、ヒトの歩行が環境の変化に直面した時、過去の経験の記憶を利用し、環境の変化前から予測的に運動を制御することで、環境の変化後もより円滑にその環境に適した新たな運動パターンに移行し、安定した歩行を維持していることが示唆された。

【理学療法学研究としての意義】本研究の結果から、歩行障害に対するリハビリテーションにおいて、変化する環境に適応できるより自由な歩行能力の回復には、記憶、予測などの高次機能を考慮する必要があると考えられる。

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© 2011 日本理学療法士協会
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