【目的】
肋骨は呼吸に伴って運動し,吸気時では上方に,呼気時では下方に回転運動を行う。また,最大吸気時に,脊柱起立筋は脊柱を伸展させ,直接肋骨に作用しないが肋椎関節を介して肋間隙の拡大を起こすとされている。最大呼気時では,腹筋群が脊柱を屈曲させ肋間隙を狭小させる。これらのことから,脊柱の運動と呼吸運動とは関係があると考えられるが,両者の関係は明らかでない。一方,人は加齢に伴い様々な機能が低下するとされる。呼吸機能では,残気量の増加,肺活量の減少,一秒量・一秒率の低下などが見られる。したがって,高齢者の呼吸機能低下が脊柱カーブに何らかの影響を及ぼすことが予測される。しかし、高齢者の呼吸と脊柱カーブの関係も明らかでない。
本研究の目的は最大呼気・最大吸気時の脊柱カーブの変位を若年者と高齢者で比較し呼吸運動と脊柱カーブの関係を明らかにすることである。
【方法】
地方都市在住の健康な高齢者67名(男性21名,女性46名),平均年齢72.6±4.8歳(男性72.1±4.5歳,女性72.8±4.9歳),健康な大学生38名(男性19名,女性19名),平均年齢 20.3±1.1歳(男性20.9±0.8歳,女性19.6±0.9歳)を対象とした。
被験者は,薄着をさせ,背もたれのない高さ42cmの椅子に骨盤が座面に対し垂直になるように座らせた。そして,安静時・最大吸気時・最大呼気時の脊柱を体表面上より脊柱の各椎体間の角度を測定できるスパイナルマウス(インデックス社製)を用い測定を行った。最大吸気・最大呼気は口頭で指示を行い,最大に動いたところでしばらく息を止めさせ脊柱カーブを測定した。
解析は,スパイナルマウスにより計測された脊柱カーブの数値のうち,胸椎後彎角(第1胸椎から第12胸椎までの各椎体間角度の総和角度)と腰椎前彎角(第12胸椎から第1仙椎までの各椎体間角度の総和角度)の2つの数値を用いて行った。そして,胸椎後彎角及び腰椎前彎角の最大吸気時から最大呼気時までの変位量,安静時から最大吸気時までの変位量,安静時から最大呼気時までの変位量をそれぞれ求め,Mann-Whitney U検定で高齢者と若年者を比較した。
【説明と同意】
各被験者には本実験を行う前に本研究の趣旨を文章ならび口頭で十分に説明した上で,研究参加の同意を得た。
【結果】
胸椎後彎角の最大吸気時から最大呼気時までの変位量の50パーセンタル値は,若年者7.0°,高齢者11.0°で高齢者が有意に大きかった(p<0.05)。安静時から最大吸気時までの変位量の50パーセンタイル値は,若年者-4.5°,高齢者-4.0°で有意差はなかった。安静時から最大呼気時までの変位量の50パーセンタイル値は,若年者3.0°,高齢者6.0°で高齢者が有意に大きかった(p<0.01)。
腰椎前彎角の最大吸気時から最大呼気時までの変位量の50パーセンタイル値は若年者6.0°,高齢者8.0°。安静時から最大吸気時までの変位量の50パーセンタイル値は若年者-3.0°,高齢者-4.0°。安静時から最大呼気時までの変位量の50パーセンタイル値は若年者2.0°,高齢者4.0°で腰椎前彎角のすべての変位量に有意差はなかった。
【考察】
結果から高齢者では脊柱を過剰に動かし,若年者では脊柱をほとんど動かさなかった。これは,高齢者は呼吸筋力低下の代償として脊柱を過剰動かしていると考えられ,若年者では体幹筋が安定しているのでほとんど動かさない事がわかった。胸椎後彎角の安静時から最大吸気時までの変位量は,若年者と高齢者で有意差はなかった。一般的に,脊柱の伸展は胸郭を拡大させるとされている。しかし,高齢者は加齢変化により胸腰部の伸展可動域が減少するため,脊柱の伸展による代償が行えなかったと考えられる。安静時から最大呼気時までの変位量は,若年者より高齢者で有意に大きかった。これは一般的に,高齢者では最大吸気筋力及び最大呼気筋力の低下が見られるため,代償として脊柱を屈曲することで,内臓を横隔膜に押し上げ呼気を補強しているのではないかと考える。
腰椎前彎角のすべての変位量に若年者と高齢者で有意差はなかった。これは,高齢者の多くは骨盤が後傾位にあることが多く,腰部で動こうとしても骨盤の動きが制限されているので有意差がなかったと考えられる。
【理学療法学研究としての意義】
今回,明らかになった健常高齢者の呼吸運動時の脊柱カーブの特徴は,高齢者の呼吸機能低下に対する治療プログラムを考慮する際の一旦となると考える。
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