理学療法学Supplement
Vol.38 Suppl. No.2 (第46回日本理学療法学術大会 抄録集)
セッションID: PI1-032
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ポスター発表(一般)
リーチ動作を反復させた時のパフォーマンスと予測的姿勢制御における学習効果
齊藤 展士穴迫 翔小西 智也福島 順子山中 正紀武田 直樹
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抄録
【目的】運動を繰り返し行うと正確性,運動時間,運動速度などのパフォーマンスが改善する (Singer 1980).立位から全身を用いて目的物へリーチ動作を行う課題においても繰り返しによるパフォーマンスの改善が報告されている (Schmidt 1991).このように,立位で機能的な上肢運動を行うには,上肢運動による姿勢の動揺を補償するための安定性が不可欠とされる(Gahery and Massion 1981).特に,随意運動の直前に姿勢筋の筋活動や足圧中心の移動により観察される予測的姿勢制御は,姿勢の安定性や全身運動の推進力に寄与すると報告されている(Stapley et al. 1998).これらのことは,予測的姿勢制御がパフォーマンスの改善に影響を与える可能性を示唆している.しかしながら,これまで,リーチ動作を繰り返し行った時のパフォーマンスの改善と予測的姿勢制御の変化の関係を調べた報告はない.そこで,今回,立位から全身を用いたリーチ動作を繰り返し行うことにより,パフォーマンスの改善と予測的姿勢制御に関わる下肢の姿勢筋活動や関節運動の変化との関係を調べた.また,数日間,リーチ動作を繰り返し行わせた後のパフォーマンスと予測的姿勢制御における学習効果も調べた.

【方法】対象は健常成人8名(平均22 ± 2歳,)とした.被験者は床反力計の上で静止立位を保ち,音刺激後,右手をできるだけ素早く肩の高さに位置する直径2 cmの目標物にリーチ動作を行った.目標物までの距離は,全身を用いたリーチ動作を行うことが可能な最大距離とした.休憩を取りつつリーチ動作を100試行繰り返し行わせた. 2日目,3日目,5日目にも同様に100試行繰り返し行わせた.4日目は学習効果を調べるために休憩とした.さらに,3ヶ月後にも10試行のみ記録した.身体各部位に反射マーカーを取りつけ三次元動作解析装置により各セグメントの位置や関節角度,体重心の変位を求めた.特に,運動時間,右手の運動速度,および足関節と股関節の運動角度を調べた.左右の前脛骨筋,腓腹筋,大腿直筋,大腿二頭筋から筋活動を記録した.リーチ動作の開始時間の直前に働く予測的な姿勢筋活動の開始時間を求めた.また,その予測的な筋活動の積分筋電位を求めた.リーチ動作の10試行毎の平均値を算出し,それらを比較することで,各パラメーターの繰り返しによる変化を調べた.また,各日の最初の10試行の平均を比較することで学習効果を調べた.統計検定に反復測定による一元配置分散分析とピアソンの相関係数を用い,危険率を5%とした.

【説明と同意】この研究は,ヘルシンキ宣言に基づき対象者には必ず事前に研究趣旨を文書および口頭で十分に説明し,書面にて同意を得て行った.

【結果】リーチ動作の繰り返しによりパフォーマンスのパラメーターである運動時間は有意に短縮し(p < 0.01),運動速度は増加した(p < 0.01).一方,予測的姿勢制御のパラメーターである前脛骨筋の活動開始時間は有意に先行し(p < 0.01),その積分筋電位は有意に増加した(p < 0.01).足関節背屈と股関節屈曲もまた繰り返しにより有意に増加した(それぞれp < 0.01,p < 0.05).これらのパフォーマンスと予測的姿勢制御のパラメーターの間には有意な相関が認められた(r =0.46-0.62, それぞれp < 0.01).これらのパラメーターでは一日,休憩した後の5日目においても有意に学習効果が保持された(それぞれp < 0.05).さらに, 3ヶ月後も,運動時間の短縮と前脛骨筋の予測的な筋活動開始時間の先行が認められた(それぞれp < 0.05).

【考察】リーチ動作に必要な前方への推進力を生み出す予測的な前脛骨筋の筋活動が繰り返しにより増加し,足関節背屈角度も増加した.その結果,運動速度が増加し,運動時間が短縮したと考えられる.また,パフォーマンスと予測的姿勢制御の間には有意な相関が認められ,姿勢制御の変化がパフォーマンスの改善に影響を与えた可能性が示唆された.さらに,パフォーマンスの改善や予測的姿勢制御における学習は,少なくとも数日は保持されたことから,これらの学習は筋や運動ニューロンの末梢性の変化によるものではなく,中枢神経系の関与を示唆している.

【理学療法学研究としての意義】リハビリテーションの場面において,我々,理学療法士は患者に同じ動作を何度も繰り返し行わせることで目的動作の能力改善を目指す.立位での上肢運動において,姿勢の安定性の確保が機能的な上肢運動の獲得に必要である.そのため,繰り返しによる姿勢戦略の変化とパフォーマンスの改善との関係やそれらの学習の持続効果を理解することは,理学療法士が目的動作や姿勢保持に対してより適切な治療を提供するための一助となるはずであり,非常に重要な課題であろう.
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© 2011 日本理学療法士協会
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