抄録
【目的】近年、廃用性筋萎縮に対する理学療法の効果に関しては分子メカニズムにまで掘り下げて解明が進んでいる。中でも、ストレッチがもたらす機械刺激の分子メカニズムに関しては報告も多く、具体的には骨格筋への機械刺激の負荷によってIGF-1やFGFなどの成長因子の発現が促進されること、ならびに筋衛星細胞の増殖・分化が促進されることなどが示されている。一方、これまで我々は超音波(US)の機械刺激に着目し、不動期間中のラット腓腹筋に対して1MHz、1.0Watt/cm2、照射率100%の条件でUSを照射すると廃用性筋萎縮の進行が抑制され、そのメカニズムにはHSP72やFGFの発現が関与していることを報告してきた。しかし、この効果にはHSP 72の発現からもわかるように温熱刺激の影響が含まれており、廃用性筋萎縮に対するUSの機械刺激のみの効果はこれまで明らかにできていない。そこで本研究では、USの機械刺激のみの影響を検索する目的で不動期間中のラット腓腹筋に対して照射率20%の条件でUSを照射し、その効果を検討した。
【方法】予備実験として、8週齢のWistar系雄性ラット5匹を用い、US照射による下腿三頭筋と直腸の温度変化を調べた。具体的には、麻酔下で下腿三頭筋に1MHz、1.0Watt/cm2、照射率20%の条件で15分間USを照射し、その際の筋内温度と直腸温の変化を経時的に測定した。次に、本実験として8週齢のWistar系雄性ラット17匹を対照群(n=6)と4週間両側足関節を最大底屈位でギプスで不動化する実験群(n=11)に振り分け、実験群はさらに不動化のみの不動群(n=5)と予備実験と同様の条件で両側の下腿三頭筋に対してUS照射を行うUS群(n=6)に分けた。なお、US群に対しては週5回の頻度で麻酔を行い、ギプスを外した後にUSを照射した。4週間の実験期間終了後は両側の腓腹筋内側頭を摘出し、右側試料の凍結横断切片に対してHE染色、ミオシンATPase染色、アルカリフォスファターゼ染色ならびにジストロフィンに対する免疫組織化学染色と筋核の対比染色を施した。そして、タイプI・IIa・IIb線維が混在する深層部を検索対象に病理所見の検討、ならびに筋線維タイプ別の筋線維直径、毛細血管数、筋核数の計測を行った。また、左側の試料を用いてELISA法によるIGF-1ならびにbFGFの含有量の計測を行った。
【説明と同意】本実験は、長崎大学動物実験倫理委員会の承認を得て実施した。
【結果】予備実験の結果、筋内温、直腸温ともにUS照射による変化は認められなかった。次にHE染色像を検鏡した結果、実験群の2群には筋線維萎縮が認められたが、他の病理所見は認められなかった。各群の平均筋線維直径を比較すると、全ての筋線維タイプにおいて実験群の2群は対照群に比べ有意に低値を示した。実験群間で比較すると、US群の全ての筋線維タイプの平均筋線維直径は不動群のそれに比べ有意に高値を示した。次に筋線維あたりの毛細血管数を比較すると、実験群の2群は対照群に比べ有意に低値を示し、実験群間には有意差を認めなかった。また、IGF-1とbFGFの含有量についても同様の結果であった。一方、筋線維あたりの筋核数を比較すると、実験群の2群は対照群に比べ有意に低値を示し、実験群間ではUS群が不動群に比べ有意に高値を示した。
【考察】予備実験の結果から、今回のUSの照射条件では温熱効果は期待できないといえる。そして本実験の結果から、US照射による廃用性筋萎縮の進行抑制効果が認められ、これはUSの機械刺激のみの影響と考えられる。そしてこの効果に関するメカニズムを検討した結果、USを照射してもタンパク質の合成促進に関与するIGF-1ならびにbFGFの発現は認められず、廃用性筋萎縮に伴う毛細血管数の減少も抑制できなかった。なお、毛細血管数の増加にはFGFが関与するとした報告もあることから、上記の結果は妥当と思われる。一方、筋核数の結果をみるとUS群は不動群に比べ有意に高値を示しており、これは不動によって惹起される筋核数の減少をUS照射によって抑制できることを示唆している。そして、先行研究では20%の照射率でラット腓腹筋にUSを照射すると筋衛星細胞の増殖が起こると報告されており、これを踏まえるとUS照射によって増殖した筋衛星細胞が分化し、既存の筋線維と融合する反応がみられ、これが筋核数の減少の抑制という結果につながったと推察される。そのため、今後は筋衛星細胞自体の動態について検討することが必要である。
【理学療法学研究としての意義】本研究によって、USの間歇照射が廃用性筋萎縮の進行抑制効果をもたらすことが明らかとなり、そのメカニズムの一部に筋核数、すなわち筋衛生細胞の動態が関与している可能性を示すことができた。これらはUSの新たな効果を示した基礎データであり、理学療法学研究としても非常に意義あるものと考える。