抄録
【目的】
体幹筋の中でも側腹筋群は、内臓の保持や腹腔内圧の上昇、脊椎安定性との関連性が深いと重要視されてきている。腹横筋は腹部の筋のなかで最も深層にあるため、活動を非侵襲的に計測する手段として超音波画像診断装置が使用され、筋厚が活動の指標として用いられている。股関節肢位により骨盤・腰椎アライメントが変化することは認められているが、股関節屈曲肢位と側腹筋群活動の関係についての報告はほとんどない。そこで本研究では背臥位での股関節屈曲肢位と努力呼気を組み合わせて行い側腹筋群の筋厚を測定することで、股関節屈曲肢位の違いが側腹筋群活動に及ぼす影響を明らかにすることを目的とした。
【方法】
対象は腰部・股関節に既往のない健常成人男性10名で、平均年齢は29.7(25-35)歳、身長と体重の平均±標準偏差はそれぞれ174.9±5.7cm、66.1±6.8kgであった。
測定肢位は背臥位で、1)股関節0°屈曲位、2)股関節60°屈曲位、3)股関節90°屈曲位の股関節屈曲肢位を3条件の課題にて実施した。股関節肢位の測定にはゴニオメーターを用い、日本リハビリテーション医学会の測定法にならい、背臥位・膝関節屈曲位で基本軸を体幹と平行な線、移動軸を大転子と大腿骨外顆の中心を結ぶ大腿中央線として股関節角度を設定した。その上で、股関節屈曲肢位3条件での努力呼気の影響をみるために、安静呼気時と最大呼気終末時の側腹筋筋厚を測定した。測定には超音波画像診断装置(ALOKA prosound α7)を用い、高周波リニアプローブを用い周波数を7MHzに設定した。測定部位は右側前腋窩線と臍のラインの交点とし、外腹斜筋(external oblique;EO)、内腹斜筋(internal oblique;IO)、腹横筋(transversus abdominis;TA)の筋厚を0.1mm単位で測定した。測定値は3呼吸分の平均値を代表値とした。撮像順は無作為とし、各測定は同一検者が行った。統計学的分析にはSPSS ver11.0J for Windowsを使用し、統計処理としては、各股関節屈曲肢位毎に、筋厚を従属変数とし、安静呼気時か最大呼気終末時を対応のある因子、筋名(3筋)を対応のない因子とした元配置分散分析を行い、主効果があった場合は多重比較としてのTukeyの方法を用いた。有意水準は5%未満とした。
【説明と同意】
被験者には本研究の趣旨・方法を説明した後に自由意思にて参加をお願いすることとした。同意を得られた者には同意書にサインを頂いた。なお、研究実施において被験者に有害事象は発生していない。
【結果】
それぞれの股関節屈曲肢位では最大呼気終末時は安静呼気時に比べてEOの筋厚は変化しなかったが、IO、TAの筋厚は有意に増加した。しかし、安静呼気時と最大呼気終末時での各股関節屈曲肢位での筋厚変化は、EO、IO、TAともに有意差は認められなかった。以下に測定結果を平均値±標準偏差[mm]を示す。安静呼気時における各股関節屈曲肢位でのEOの筋厚は1)8.4±1.5、2)8.1±0.8、3)7.7±1.2、IOの筋厚は1)7.9±1.6、2)8.0±1.7、3)8.5±2.6、TAの筋厚は1)3.6±1.2、2)2.9±1.1、3)4.1±1.3であった。最大呼気終末時における各股関節屈曲肢位でのEOの筋厚は1)8.0±2.0、2)7.9±1.7、3)8.5±2.0、IOの筋厚は1)11.0±2.5、2)12.0±3.0、3)11.0±3.1、TAの筋厚は1)7.0±1.7、2)7.1±2.6、3)6.8±2.5であった。
【考察】
今回の実験では、股関節屈曲肢位の違いでの最大呼気終末時の側腹筋筋厚において差は認められなかった。それぞれの側腹筋は骨盤に付着しており、股関節屈曲により骨盤アライメントの変化を伴っているが、この範囲でのアライメント変化の影響はないことが示唆された。また、先行研究ではTAの筋厚が背臥位よりも座位(股関節90°屈曲位)で増加することが認められている。今回の結果からも、TAは股関節屈曲角度の影響ではなく、抗重力的な活動に参加する筋であることが示唆された。また、今回は健常者で施行したが、今後は股関節可動域制限などの疾患がある患者においての有効性を調査していきたいと考える。
【理学療法学研究としての意義】
背臥位での腹式呼吸を用いてIO、TAの筋力強化を図る際に、股関節屈曲肢位は0°屈曲位、60°屈曲位、90°屈曲位の各々の肢位において同じ効果が認められることが期待される。