抄録
【目的】骨折後のリハビリテーションにおいて部分荷重による歩行練習が広く行われている。しかし、全荷重が許可された後でも健側に片寄って歩行する症例を多く観察する。この原因は筋力低下や痛みなど多岐に及ぶと考えられるが、片松葉杖による歩行がその一因ではないかと感じている。下肢荷重率における先行研究は荷重条件課題や重心動揺の時間的変化の関係における検討はなされているが、杖の使用方法による荷重の偏倚を調べた研究はほとんどなされていない。そこで本研究は、松葉杖の使用方法の相違が下肢荷重率に与える影響を明らかにするため、健常成人を対象として片松葉杖と両松葉杖での相違を検討することとした。
【方法】対象は、既往歴として神経学的疾患、運動器の著明な変形・疼痛を認めない健常成人27名(男性14名、女性13名)。全対象者の平均年齢±標準偏差は31.3±9.1歳であった。この27名を片松葉杖群14名(男性7名、平均年齢±標準偏差は29.9±7.3歳、平均体重±標準偏差は58.0±10.1kg)と、両松葉杖群13名(男性7名、平均年齢±標準偏差は33.6±10.7歳、平均体重±標準偏差は59.3±11.4kg)の2つの群にランダムに割りつけた。それぞれの群で、まず平行棒内での部分荷重練習を行った。右下肢を患側と仮定し、平行棒内で両手支持してもらい患側に体重の半分の荷重をかける(1/2PWB)練習を2分練習、1分休憩、2分練習の1セット行わせた。続いて、それぞれの群で松葉杖を使った部分荷重での歩行練習を行った。平行棒内と同様に患側に体重の半分の荷重をかける(1/2PWB)練習を2分歩行、1分休憩、2分歩行の1セット行わせた。歩行方法は2点1点歩行とし、片松葉杖群は左に松葉杖を持たせ歩行した。両練習の直後に、両手支持なしで立位をとり、患側に1/2荷重を行うように指示し2つの体重計を使用して左右別々の体重計に足を載せて荷重量を測定した。体重計は株式会社タニタ製のバネ計り式体重測定器を使用し、少数点第1位まで読み取った。荷重量は得られた値を体重で割って正規化した。統計解析は、健側患側荷重比率(以下健患比)を求め、両群それぞれ歩行前と歩行後の健患比に差があるか対応のあるt検定を行った。なお、有意水準は5%未満とした。
【説明と同意】対象者には研究の主旨を十分に説明し、書面にて研究に参加することの同意を得た。
【結果】平行棒内での部分荷重訓練後、片松葉杖群の荷重量は右(患側)0.51±0.03、左0.49±0.03で、両松葉杖群の荷重量は右(患側)0.50±0.03、左0.50±0.03であった。松葉杖を使っての部分荷重での歩行練習後は、片松葉杖群の荷重量は右(患側)0.49±0.03、左0.51±0.03で、両松葉杖群の荷重量は右(患側)0.05±0.04、左0.05±0.04であった。また、片松葉杖群の平均健患比±標準偏差は歩行前が0.95±0.11で、歩行後が1.05±0.13であった。両松葉杖群の平均健患比±標準偏差は歩行前が1.03±0.13で、歩行後が1.03±0.19であった。片松葉杖群は歩行前後で有意差があり、健側への荷重が多かった(t=-2.51、p=0.026)。両松葉杖群では有意な差は無かった。歩行の観察では、片松葉杖群では、明らかに杖を持った左(健)側へ重心が偏倚していた。
【考察】片松葉杖群では歩行の前後に有意な差があり、歩行練習前に比べ歩行練習後により健側に片寄って荷重していることが示唆された。両松葉杖群では歩行の前後に有意な差が得られなかったことから歩行練習の前後では荷重比率に変化がないということが示唆された。これらの結果から片松葉杖で歩行することは歩行後も健側へ片寄ってしまう現象に少なからず影響を及ぼし、両松葉杖での部分荷重歩行では荷重比率を変化させないで練習できる可能性があると考えられる。本研究では片松葉杖で歩行練習すると、即時的においても健常成人には影響が出現した。部分荷重を必要とする患者の場合、部分荷重で片松葉杖歩行を行いその傾きのまま全荷重に移行すると、本研究で示唆された健側に片寄ってしまうという影響が継続的に経験され学習されると考えられる。したがって、部分荷重で歩行する際や、全荷重が許可されたとしても痛み等があり全荷重が行えない場合などは、杖使用方法に影響を及ぼしづらい両松葉杖を選択して歩行を行った方が、後々体重が健側へ片寄らずに歩行できるのではないかと考える。
【理学療法学研究としての意義】本研究により、部分荷重時の松葉杖使用方法の違い(片松葉杖か両松葉杖か)で、歩行前と歩行後に片寄りの有無が明らかになった。臨床においてリハビリテーションの進め方は、セラピストの臨床思考と患者・患者家族のニーズが重要であるが、今回の研究結果はリハビリテーションを提供する上でのひとつの重要な因子になると考える。