抄録
【目的】日常生活動作および臨床における運動療法で、平地歩行訓練から応用歩行動作訓練への移行は、必要になることが多い。一般に、運動強度が一定であっても呼吸循環応答などの身体運動能力に応じて疲労度には個人差がある。今回、平地歩行と階段昇降に着目して、身体運動能力と疲労度の関連性を評価し、最適な運動療法を実施するための指標について比較検討した。
【方法】対象は本研究に同意して頂いた健常な学生20名(男性10名、女性10名)であり、平均年齢20.8±1.0歳、平均身長165.3±7.5cm、平均体重59.6±8.4kgであった。実施に際しては、運動習慣や循環器・呼吸器疾患、下肢疾患の有無に関して事前に質問用紙にて調査し、運動負荷試験における絶対的・相対的禁忌対象者以外の者を選んで実施した。また、身長、体重、年齢差、性差などの影響も検討した。身体測定は、高精度型体組成計DF860(大和製衡株式会社)にて、体重、体脂肪率、筋肉量等を測定した。運動負荷試験実施時の平地、および階段昇降は、学内の廊下と階段を利用し、本人が快適に感じる速度で日常通りに実施した。RPEの聴取にはBorg scaleを使用し、1分経過ごとに聴取した。運動負荷試験時の血中乳酸値測定は、自己採血を基本とし、安静時、5分間の連続平地歩行後、5分間の連続階段昇降後に簡易血中乳酸濃度測定器ラクテート・プロおよびセンサー(アークレイ株式会社)を使用した。測定装置として携帯型呼気ガス分析器(アニマ株式会社製エアロソニック型名AT‐1100)を使用し、VO2、VCO2、VE、VT、METs、Energy消費量等を1分経過ごとに解析した。統計解析は、安静時、平地歩行時、階段昇降時の呼気ガスデータ間で分散分析を用い、多重比較検定はTurkey検定にて行った。各データの相関はPearsonの相関係数を用いた。各々の有意水準は5%未満とした。
【説明と同意】運動歴、運動習慣や疾病の有無、身体計測、年齢、性別を調査し、自己採血ならびに運動負荷試験を実施する旨を十分に説明し、同意を得た。倫理面や個人情報へ配慮し、当該研究倫理委員会の承認を得て実施した。
【結果】血中乳酸値(mmol/L)は、安静時1.8±0.7、平地歩行後時2.6±1.7、階段昇降時4.9±2.5であった。全体の平地歩行の各平均値は、VO2(521.8±51.6ml/min/kg)、VCO2(481.2±57.7 ml/min/kg)、VE(18.5±1.9L/min)、VT(0.9±0.1L)、METs(2.6±0.3)、Energy消費量(8.3±4.1Kcal)、RPE7±1(非常に楽である)、であった。また、全体の階段昇降の各平均値は、VO2(865.1±126.0ml/min/kg)、VCO2(771.8±116.6 ml/min/kg)、VE(30.8±5.4L/min)、VT(1.1±0.1L)、METs(4.4±0.6)、Energy消費量(12.5±6.6Kcal)、RPE13±1(ややきつい)、であった。安静時と平地歩行の比較では、男女ともに乳酸値、SPO2、収縮期血圧、拡張期血圧の各平均値に有意差は認められなかったが、心拍数において有意差が認められた。安静時と階段昇降の比較では、男女ともに乳酸値、心拍数、収縮期血圧、拡張期血圧の各平均値に有意差が認められたが、SPO2において有意差が認められなかった。平地歩行と階段昇降の比較では、男女ともに乳酸値、心拍数、収縮期血圧の各平均値において有意な差が認められたが、SPO2、拡張期血圧で有意差が認められなかった。また、RPEと血中乳酸値の上昇には有意な相関が認められた。
同じ運動でも女性に比べ男性の方が、Energy消費量が多く見られた。今回の研究では、運動習慣の有無による有意な相関は得られなかった。
【考察】階段昇降動作は、平地歩行に比べ心肺機能に関連が深く、さらに疲労強度RPE、乳酸値に相関があると考えられる。5分間の平地歩行ではRPE(非常に楽である)がほぼ全員であったが、5分間の階段昇降動作では経時的に3分を過ぎた辺りから、息苦しさや下肢の疲労感の訴えがあり、RPE(ややきつい)であった。 同時に、平地歩行に比べ階段昇降では乳酸値は倍以上の値となった。また、平地歩行は通常、3METsとされるが、今回の研究でも、平均して2.5~2.7METsの値となった。血中乳酸値の経時的上昇は、METsやRPEとも相関があり、対象者の疲労評価尺度の1つとして有用である可能性が示唆された。一方、課題として疲労度の測定は、その個人だけが特殊に持っている代謝および生理的機能の違いによる差も否定できない事実がある。精神的、身体的なものもあり定義が難しいと考えられる。
【理学療法学研究としての意義】対象者に適切な運動強度を選定し、プログラムを実行する事は非常に重要である。日常動作で必要となる平地歩行と階段昇降における自覚的および他覚的疲労度を考察することで、個々に見合った動作練習など、最適な運動療法を実施する為の一助となると考えられる。