抄録
【目的】
股関節外転筋の筋力トレーニングには多くの報告がある。Open kinematic chainとしては側臥位での股関節外転位保持や背臥位での股関節外転運動があげられる。しかし,股関節は荷重下で骨盤を安定させる筋として重要なため,closed kinematic chain(以下CKC)でのトレーニング方法がいくつか報告されている。なかでも市橋らは片脚立位時に,対側上肢外転,遊脚側骨盤挙上,遊脚側股関節外転の順で筋活動が増加すると報告しており,臨床でもこの手技はよく用いられる。しかし,片脚立位が行えず立位での実施となりうること例も散見される。立位での報告としては足部に多方向から加えられた受動抵抗に対する股関節外転筋活動を検討した報告がある。立位バランスという点では足部からの受動抵抗での検討は有益であるが,足部が安定した状態での骨盤帯の操作による受動抵抗に対するトレーニングがより安全で簡便と思われる。そこで本報告の目的は,立位で側方最大随意運動を行った時の骨盤帯固定側の違いが股関節外転筋活動に及ぼす影響を筋電図学的に検討し,CKCでの股関節外転筋トレーニング法の一助を得ることである。
【方法】
課題運動は(1)右下肢支持の片脚立位保持,(2)立位での右側方最大随意運動,(3)立位での左側方最大随意運動の3条件とした。(2)(3)では臨床場面での活用を想定し前方の鏡を目視しながら体幹の代償が生じることがないように対象に指示した。右中殿筋,右大腿筋膜張筋(以下TFL)を被検筋として表面筋電計(Noraxon社製,Tele Myo G2)にて筋活動を計測した。計測した筋活動は徒手筋力検査判定での最大筋活動にて正規化し%MVCを求めた。(2)(3)の実施においては,側方運動方向側の骨盤腸骨稜部位を側方から徒手筋力測定機器(Hogan Health社製,MICRO FET2,以下HHD)で固定し,側方への最大随意運動時の値を計測し体重で除した値を側方運動力とした。また(2)(3)の下肢荷重量についても左右の体重計で測定し下肢荷重率を求めた。再現性については級内相関係数(ICC),差の比較にはWilcoxon t-testとFriedman’s-test,Bonferroni補正を用いて有意水準を5%未満にて統計処理した。
【説明と同意】
対象を健常男性12名(平均27歳)とし,全ての対象者から説明と同意を得て実施した。
【結果】
各課題での測定値のICCは0.81~0.93であった。(2)(3)のいずれも側方運動力は約0.2N/kg,また下肢荷重率も側方最大随意運動側へ約10%と有意差を認めなかった。筋活動量では左右で有意差を認め,左側方最大随意運動時の右中殿筋,右TFLの筋活動が高かった。特に右中殿筋は左側方最大随意運動で約80%MVC,片脚立位で約25%MVC,右側方最大随意運動で約10%MVCと筋活動量に差を認めた。また右TFLも左側方最大随意運動した時の筋活動量が最も高く,次いで片脚立位保持,右側方最大随意運動時と同様の結果となった。
【考察】
藤澤らは左右への連続的側方重心移動では重心の変位量に比例し,移動する際に移動側の中殿筋,TFLの筋活動が増加したと報告している。またスクワットでは足部外側からの受動抵抗で中殿筋,TFL筋活動が増加したとの報告がある。これらは運動学的に股関節外転筋がいずれも制御的活動,つまり遠心性収縮が必要とされる運動となっている。今回の結果も運動学的にとらえるとHHDで骨盤が固定されていたため,右側から左側への側方最大随意運動で左側から右側への受動抵抗が発生し,右股関節外転筋活動が高まったと考える。また右側への側方最大随意運動時については右骨盤固定していることで右中殿筋,TFLの遠心性的制御が不要にて筋活動が低下したと考える。今後,他の固定部位や下肢屈曲角を変化させて,中殿筋とTFLの違いも検討することが必要となるが,少なくとも本結果から,立位で目的筋側と反対の骨盤を固定し目的筋反対側へ側方最大随意運動することは十分な荷重や片脚立位が困難な場合などにおける有益な段階的CKC股関節外転筋トレーニングになることが示唆されたと考える。
【理学療法学研究としての意義】
立位で側方最大随意運動を行う際に目的筋側と反対の骨盤を固定し目的筋反対側へ側方最大随意運動することで股関節外転筋活動が増加することを示した本知見は,今後臨床に於ける簡便で段階的なCKC股関節外転筋トレーニング手法として有用になりうる。