抄録
【目的】
立位での側方重心移動動作は、歩行を想定して臨床で応用する機会の多い運動課題のひとつである。このような運動課題は、どの運動を制約・許容するかといった条件設定で対応が変化するため、条件設定別での相違点や特性を整理した上で臨床へ応用する必要があると考えられる。
本研究の目的は、立位での側方重心移動動作における足底接地条件の違いが、両側股関節の経時的な運動に与える影響を検討することである。
【方法】
1)対象:健常男性10名(平均年齢:23.8±2.4歳)とした。
2)運動課題:各被検者の両側上前腸骨棘間の距離に開脚した立位姿勢を開始肢位とし、左側から右側へ重心移動を行う動作を指示した。運動課題は両側の足底を全て接地したまま重心移動を行う動作(以下、足底接地課題)と非移動側の踵を挙上しながら重心移動を行う動作(以下、踵挙上課題)の2通りとした。動作は、両課題ともに両膝関節伸展位の保持、重心移動の際に体幹・骨盤の回旋を行わないよう指示した。
3)撮影・画像処理:前述した運動課題をデジタルカメラ(Sony社製Cyber-shot DSC-P100)を用いて前方より動画撮影した。得られた動画を、Windowsムービーメーカー(Microsoft社製)を用いて各動作を約0.13秒ごとに静止画へ変換し、PowerPoint2003(Microsoft社製)を用いて角度計測を行った。なお、撮影・角度計測に関しては、我々の行った先行研究において3次元動作解析機との再現性を検討した方法を用いて実施した。
4)角度計測・解析:両側の上前腸骨棘・大転子・大腿骨外側上顆を指標として、骨盤に対する両側股関節の内外転角度と床面に対する骨盤傾斜角度(左側高位:挙上、低位:下制)を計測した。得られた関節角度に関しては、開始肢位の値を0゜に補正し、動作開始から終了までの時間割合に対する経時的な角度変化を分析した。
【説明と同意】
全ての被検者に、研究の主旨と内容を説明し同意を得た。
【結果】
1)足底接地課題では、移動側股関節内転・非移動側股関節外転(以下、両股内外転)運動が相対的な角度変化を示しながら、動作開始から終了にかけて増加傾向を示した。骨盤傾斜に関しては、動作終盤にかけて僅かに下制する傾向を示した。
2)踵挙上課題では、両股内外転運動は相対的な角度変化を示したものの、角度変化の推移にバラツキが生じていた。骨盤傾斜に関しては、踵挙上と同調して骨盤挙上が開始し、動作終盤にかけて角度が増加する傾向を示したが、踵・骨盤挙上の開始時期にバラツキが生じていた。
3)踵挙上課題における両股内外転運動の角度変化の推移にバラツキが生じた要因を分析するため、骨盤挙上開始以降の両股内外転の経時的な角度変化を分析した結果、10名中8名はほぼ角度変化なし(±1゜)、1名が4~5゜増加、1名が3~4゜減少の傾向を示した。
4)踵挙上課題に関して、ほとんどの被検者で骨盤挙上時の両股内外転角度が動作終了まで推移することから、骨盤挙上の開始時期とそのときの両股内外転角度との関連性をSpearmanの順位相関係数を用いて検討した結果、骨盤挙上の開始時期と移動側内転角度でrs=0.81、非移動側外転角度でrs=0.87と有意な正の相関を認めた(いずれもp<0.01)。
【考察】
今回の結果から、足底接地条件に関らず相対的な両股内外転運動を示したものの、足底接地課題では一定の増加傾向を示したのに対して、踵挙上課題では骨盤挙上のタイミングがその基盤となる両股内外転運動に影響を与える要因となることが推測された。具体的には、踵挙上課題では骨盤挙上のタイミングが早期に生じるほど、動作全般における両股内外転運動の関与は少なく、骨盤挙上を主体とした下部体幹での制御の割合が増加する傾向にあると考えられる。逆に骨盤挙上のタイミングが遅延するほど、両股内外転運動を主体とした骨盤並進運動の要素が増加すると考えられる。
今回検討した両課題に関して、足底接地課題は相対的な両股関節の運動が動作の主体であるのに対して、踵挙上課題では、前述した両股関節の運動に加え、踵挙上に伴う機能的脚長差と体幹の立ち直りを骨盤挙上で対応するといった下部体幹と両股関節の運動調節が要求される動作である。これらの運動課題を臨床で応用する際は、関節角度等の空間的要素だけに着目するのではなく、動作遂行過程における骨盤挙上のタイミング等の時間的要素が運動の制御に与える影響も考慮する必要があると考える。
【理学療法学研究としての意義】
立位での側方重心移動動作における両股内外転運動は、重心移動の基盤となる運動である。本研究の意義は、足底設置条件によって角度変化の推移が異なることと、その要因に時間的要素が影響していることを提言している点である。今後は、動作の背景にある筋活動や力学的解釈を含めた上での検討が課題であると考える。