抄録
【目的】
手指の骨折などによりその使用が制限され、食事動作を箸ではなくスプーン等にて行う方が日常的に見受けられる。食事動作に関しては、年代別の使用方法に関する報告は多く見受けられるが、手指が制限された際の食事動作に関する報告は少ない。本研究では、日常生活において手指を固定された環境下における箸動作巧緻性への影響を検討した。
【方法】
対象は健常成人15名(平均年齢25.2±2.7歳)、正しい箸の持ち方が出来る右利きの者を対象とした。
道具は箸、お椀2つ、副木、弾性包帯、直径6mmの球、ペグボード、ストップウォッチを使用した。
運動課題1:手指の制限をせず、箸を用いて1分間にお椀からもう一方のお椀へ球を移す豆運びテストを実施した。続いて1分間でなるべく多くのペグを移動してもらい、その本数を測定し、同じ課題を2回測定した。
運動課題2:示指のproximalinterpharangeal関節(以下PIP関節)・distal interpharangeal関節(以下 DIP関節)・metacarpophalangeal(以下MP関節)を、副木を用い機能的肢位にて固定し、運動課題1と同様の方法で豆運びテストおよびペグテストを1回測定した。さらに中指、薬指についても同様に固定を行い測定を行った。
統計解析は、運動課題1と運動課題2について、二元配置分散分析を使用し、主効果が得られた場合は,その後の検定で各課題間の比較を行った。
【説明と同意】
所属施設における倫理委会の許可を得て行った。対象者にはヘルシンキ宣言をもとに、保護、権利の優先、参加・中止の自由、研究内容、身体への影響などを口頭および文書にて説明し、同意が得られた者のみを対象に計測を行った。
【結果】
豆運びテストでは、固定なし群:40.3±5.9個、示指固定群:31.7±4.9個、中指固定群:31.0±7.5個、薬指固定群:30.1±11.3個であった。ペグテストでは、固定なし群:38.8±3.3本、示指固定群:33.2±9.7本、中指固定群:30.7±5.5本、薬指固定群:35.8±5.3本であった。
豆運びテストでは、固定なし群と比較し示指固定群・中指固定群・薬指固定群、それぞれで有意な差が認められた(どれもp<0.01).また薬指固定群<中指固定群<示指固定群の順に巧緻性が低下した。
ペグテストでは固定なし群と中指固定群で最も有意差が大きく、次いで示指固定群に有意な差が認められた(ともにp<0.01)。薬指固定群では、有意な差は認められなかった。
【考察】
正しい持ち方での箸動作は、母指と示指・中指の対立動作、薬指の支えにより成立している。下の箸を母指と薬指で支え、上の箸を母指、示指、中指の3指で支えつつ動かすことで、繊細な巧緻動作が可能となっており、それぞれの手指で支える役割と動かす役割が混在していることも、箸動作の特徴と考える。
箸動作は手続き記憶であり、訓練の積み重ねにより習得する動作である。上記のようにそれぞれの手指には役割があり、そのどれが欠けても巧緻性は低下する。
本研究結果は、薬指固定群が最も巧緻性が低下した理由は、薬指は支える役割を担っている唯一の手指である為と考えられる。薬指以外は動的な役割を担っているため、支える役割が手続き記憶上学習されておらず、支えの役割を果たす事が困難な為だと考えた。
手指の巧緻動作に関して、手指は1本ずつ単独で働くのではなく、5指全てによる協調動作で微細な動作が可能となっている。示指は母指と隣接しており、日常生活においても使用頻度の高い重要な役割を担っていると考える.また、中指固定群が最も巧緻性が低下した理由として、示指と隣り合う中指が固定されたために手指の連結が断たれ、協調動作に影響を及ぼしたと考えられる。
箸動作では各手指における動的および支える役割が重要であり、手指巧緻動作では隣り合う手指の協調動作が重要と考えられる。箸巧緻動作においては薬指が、手指巧緻動作においては中指が最も重要度が高いことが示唆された。その為、日常生活の手指使用頻度および重要度と箸動作巧緻性に対する手指の影響は、同一ではないことが推察される。また、箸巧緻動作においては、薬指の果たす支える役割の影響が大きく、それが制限された際に支えの役割を果たす手指を訓練することが、早期の箸動作獲得につながると考えられる。
【理学療法学研究としての意義】
箸を使用する上で重要な手指はどれか、またその役割および機能は何か。それらを知ることで、リハビリテーションにて箸動作訓練を実施する際に、手指の訓練を効率的に行うことができると考えた。また障害等により手指の使用が制限された際に、代償法を考案する一助となると考えられる。