理学療法学Supplement
Vol.38 Suppl. No.2 (第46回日本理学療法学術大会 抄録集)
セッションID: PI2-112
会議情報

ポスター発表(一般)
バランスパッド上での立ち上がりが身体に及ぼす影響
野崎 良介
著者情報
会議録・要旨集 フリー

詳細
抄録

【目的】
立ち上がり動作は日常生活において頻回に行われる動作である。歩行などの目的動作や行為の一部として生活・活動範囲の拡大にも関与しており、機能レベルを左右する一つの要因とされる。立ち上がり動作は高齢者や下肢に障害を有する者にとって困難なことが多く、理学療法における運動機能の評価や運動療法によく用いられる動作課題である。バランスパッドは、バランス能力向上を目的に運動療法で用いられることが多い。しかし、バランスパッド上での立ち上がりが身体に及ぼす影響に関する報告は少ない。そこで本研究はバランスパッド上での立ち上がり動作の運動力学的な特徴を検討することを目的とした。
【方法】
計測には三次元動作解析装置と床反力計2枚を使用した。バランスパッドはAIREX社のBalance pad Plusを二等分し、それぞれ床反力計の上に置き使用した。反射マーカーは被験者の身体15箇所に貼付した。通常の床面での立ち上がりとバランスパッド上での立ち上がりの2条件を各5回ずつ計測した。開始肢位は2条件とも両足間距離を10cm、股関節・膝関節・足関節を90°とし、上肢は胸部の前で組んだ状態で実施した。立ち上がりの速度は任意とし、上肢は体幹から離さないように指示した。対象は整形外科的・神経学的疾患の既往のない健常成人男性18名(年齢:22歳±1歳、身長:173.6±6.0cm、体重:63.4±5.3kg(Mean±SD))とした。統計処理には、対応のあるt検定を用い、有意水準は5%とした。
【説明と同意】
本研究は鹿児島大学医学部倫理委員会の承認を受けて実施した(承認番号第24号)。被験者には事前に研究目的、方法について十分に説明を行い、同意を得た後に行った。
【結果】
バランスパッド上での立ち上がりは殿部離床時に床反力後方成分の有意な増加(p<0.05)、足関節背屈・膝関節屈曲・股関節屈曲・体幹前傾角度の有意な増加(p<0.01)、立ち上がり時間の有意な増加(p<0.01)が認められた。また、殿部離床時の下肢関節モーメントの比較では、足関節底屈モーメント(p<0.05)と股関節伸展モーメント(p<0.01)は有意に増加していたが、膝関節屈伸モーメントには有意な差が認められなかった。また、通常の床面での立ち上がりでは、殿部離床時に足関節背屈モーメントが生じたのに対し、バランスパッド上での立ち上がりでは底屈モーメントを生じた。
【考察】
通常の立ち上がりは座面と足部からなる支持基底面から立位姿勢における足部のみの支持基底面上に身体重心を前方移動させた後、上方へ持ち上げて立位姿勢を完成させる。臨床の場で立ち上りが困難な症例に対しては、椅子の坐面を高くし、足を後ろに引き、適切な体幹の前傾を指示している。通常の床面での立ち上がりでは、殿部離床時に足関節背屈モーメントが生じており、体幹前傾と同様に重心を前方移動させるように作用したものと考えられる。バランスパッド上での立ち上がりは、殿部離床の際にバランスパッドに踵部が沈み込むため、足関節の過度の背屈および床反力作用点の前方移動が生じる。床反力はおおむね重心周辺を通過するため、床反力作用点の前方移動に伴い床反力後方成分が増加し、床反力が足関節前方を通過する。その結果、通常の床面での立ち上がりとは逆に足関節底屈モーメントが生じると考えられる。この底屈モーメントは脛骨を後方へ回転する力として作用する。これらの要因によって立ち上がりの際に必要不可欠である重心の前方への移動が困難となる。これに対して体幹前傾・股関節屈曲・膝関節屈曲・足関節背屈角度を増加させて代償すると考えられる。そのため、バランスパッドでの立ち上がりに要する時間は増加し、体幹前傾角度の増加によって股関節伸展モーメントも増加していると考えられる。
【理学療法学研究としての意義】
バランスパッド上での立ち上がりは重心の前方移動を行うために体幹前傾・股関節屈曲・膝関節屈曲・足関節屈曲での代償が必要とされる。そのため、バランスパッド上での立ち上がりは立ち上がりの際の前方への重心移動を重点的に強化する練習になると考えられる。立ち上がり動作の過程の中で重要とされるのは、殿部が座面から離れ全体重を足部で支え身体重心の鉛直上方への加速運動が生じる時期であり、殿部離床は立ち上がり動作の中でもっとも筋出力を要求される相とされている。立ち上がり動作の難易度は支持期底面の安定性以外に椅子の高さや足部の位置にも影響を受ける。これらの要因を組み合わせることで,症例に適切な運動課題を選択することができると考えられる。

著者関連情報
© 2011 日本理学療法士協会
前の記事 次の記事
feedback
Top