抄録
【目的】
床面の前後移動に関する姿勢制御の研究は古くから行われているが、筋電図学的な検討が多く身体の空間的な動きを検討した研究は少ない。また重心動揺検査においては、床面上での足底圧中心移動を平面的に計測しており、空間的な動きを捉えることができない。
重心動揺の測定では静的評価が中心であり、理学療法を行う上では動的な評価から問題点を抽出したプログラムが必要である。
そこで我々は、床面を前方・後方へ移動する外乱刺激を与え、この時の姿勢制御を重心動揺計と加速度計を用い若年者と高齢者の重心動揺と空間的な身体の動きを求め、それぞれの特徴を若年者と高齢者で比較検討した。
【方法】
対象は本研究の趣旨を説明し、同意が得られた健常若年者12名(平均年齢19.3±0.5歳)、健常高齢者8名(平均年齢64.9±5.8歳)である。
重心動揺の測定はNeurocom社製EquiTest®を使用し、Motor Control Testにて行った。Motor Control Testは床面が前方・後方に動き、その時の重心動揺を計測する評価方法である。
測定条件は、開眼にて静止立位をとらせ、床面を速さ400msec、幅2.5inchで前方および後方に3回移動させた。
重心動揺の解析は、前方および後方への移動結果から示された波形より反応時間(以下重心動揺潜時)を求めた。
頭部・腰部・膝の動きの測定は、加速度センサー(日本光電社製テレメータピッカ)からの情報をテレメトリー式生体信号測定装置(日本光電社製マルチテレメーターシステムWEB-5500)にて保存し、描出された波形から反応時間(以下頭部潜時・腰部潜時・膝潜時)を求めた。
統計はSPSSにてpaired sample testを用いて、若年者と高齢者の頭部潜時、腰部潜時、膝潜時、重心動揺潜時をそれぞれ比較した。有意水準は5%とした。
【説明と同意】
倫理委員会の承諾を得たのち、本研究の主旨を説明し書面にて同意を得た。
【結果】
若年者に関して、前方移動刺激では頭部潜時が213.3±63.3msec、腰部潜時が123.9±20.9msec、膝潜時が49.5±18.8msec、重心動揺潜時が79.3±5.5msecであった。後方移動刺激では、頭部潜時が166.9±18.1msec、腰部潜時が116.7±16.8msec、膝潜時が31.6±20.5msec、重心動揺潜時が80.8±4.7msecであった。
高齢者に関して、前方移動刺激では頭部潜時が166.9±52.9msec、腰部潜時が106.1±12.9msec、膝潜時が43.2±7.7msec、重心動揺潜時が80.7±2.9msecであった。後方移動刺激では、頭部潜時が145.8±9.8msec、腰部潜時が101.0±10.8msec、膝潜時が35.1±8.6msec、重心動揺潜時が79.9±2.7msecであった。
床面前方移動刺激時の頭部潜時、腰部潜時、床面後方移動刺激時の腰部潜時において有意差が認められた。
【考察】
若年者、高齢者ともに床面移動の前方および後方移動刺激に対して、各部位の動き出しは下から上へ、つまり遠位部から近位部へ向かって起こった。先行研究では筋電図学的に検討されたものがあり、床面の前後移動時に遠位筋から近位筋へと収縮が起こると報告されている。今回の身体の各部位の動きも筋収縮様式と同様に、遠位部から近位部へと運動連鎖が起こっていると考えられる。
若年者と高齢者の比較より、重心動揺測定の結果からは若年者と高齢者で有意な差は認められなかった。しかし加速度計のデータから空間的な各部位の反応の違いを認めたため、床面移動の前方および後方移動刺激におけるバランス保持の分析には、様々な視点から検討する必要があると考えられる。また床面前方移動刺激時の頭部潜時、腰部潜時、床面後方移動刺激時の腰部潜時は高齢者に早くみられた。さらに若年者と高齢者における前方および後方移動刺激に対する膝潜時・腰部潜時、後方移動刺激に対する頭部潜時では比較的一定になっていたが、前方移動に対する頭部潜時は一定ではなくばらつきが大きかった。これらの結果は、諸家によって述べられているように体幹の柔軟性低下、加齢による筋力低下、固有感覚・平衡感覚、視覚の退行性変化が要因となっていることが推測される。今後さらなる分析が必要であると考える。
【理学療法学研究としての意義】
日常生活ではエスカレーターの昇降時など、今回使用した床面の前後移動時のような状況が数多く存在し、またそういった状況で転倒している例も少なくない。我々は床面の前後移動といった外乱刺激に対するバランス保持について身体機能の詳細な分析を行い、転倒予防等に役立てるため理学療法プログラムの作成に結び付ける必要がある。したがって、今回の研究が科学的根拠のもとに効果的な理学療法を組み立てる糸口となると考える。今後は筋電図などを併用し、神経生理学的、力学的側面より検討していく。