理学療法学Supplement
Vol.38 Suppl. No.2 (第46回日本理学療法学術大会 抄録集)
セッションID: PI1-142
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ポスター発表(一般)
片麻痺者における腓腹筋腱複合体の構造的な変化について
筋と腱のスティフネスの検討
中村 雅俊大畑 光司澁田 紗央理泉 圭輔市橋 則明
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抄録

【目的】
臨床的に,脳卒中や頭部外傷による脳損傷後片麻痺者(以下,片麻痺者)では一般的に尖足と呼ばれる足関節背屈可動域制限が生じていることを多く経験する。片麻痺者の関節可動域制限の原因としては痙性などの中枢系の問題が考えられてきた。しかし近年では,非麻痺側と比較して麻痺側では筋の長さ(筋腹長や筋束長)が短縮し,反対にアキレス腱が長くなるなどの報告がある。このように筋や腱などの筋腱複合体(Muscle Tendon Unit:以下MTU)の構造的な変化が生じていることが示されている。しかしこれまでの報告では,安静時や筋収縮時の筋や腱の動態を検討しており,片麻痺者の筋や腱のスティフネスを詳細に検討している報告は存在しない。そこで本研究の目的は,超音波診断装置を用いて他動的背屈時の筋と腱の動態を検討し,麻痺側の筋や腱のスティフネスが非麻痺側と比較してどのような変化をしているかを明らかにすることである。
【方法】
対象は地域在住の片麻痺者10名(男性7名,女性3名,平均年齢50.5±18.0歳,平均身長163.2±8.2cm,平均体重56.6±9.0kg)とし,対象筋は非麻痺側および麻痺側の内側腓腹筋とした。対象者を腹臥位・膝完全伸展位にし,足関節を徒手的に背屈させた時の最大背屈角度を測定し,底屈方向に生じる受動的ト ルクを徒手筋力計(アニマ株式会社製μ-tas F-1)を用いて算出した。他動的背屈動作中には伸張反射や痛みによる筋収縮の有無は筋電図(Noraxon社製テレマイオ2400)を用い,確認しながら測定を行った。なお,最大背屈角度は対象者が痛みを訴えずに伸長感を感じ,痙縮や防御性の筋収縮が生じていない角度と定義した。受動トルクの測定と同時に超音波診断装置(GE横河メディカル社製LOGIQe)を用いて腓腹筋の筋腱移行部の移動量(ΔMuscle Tendon Junction:以下ΔMTJ)および筋厚・羽状角を測定した。受動的トルクと超音波診断装置による測定は麻痺側と非麻痺側の最大背屈角度の違いの影響を除外するために,麻痺側と非麻痺側ともに足関節0°と麻痺側の最大背屈角度(以下,麻痺側背屈角度)で実施した。筋線維の長さである筋束長は筋厚を羽状角の余弦分で除することで算出し,腱の伸張量は足関節背屈における腓腹筋MTU全体の長さの変化量からΔMTJを引くことで算出した。また,足関節背屈0°から麻痺側背屈角度までの受動的トルクの変化量をΔMTJおよび腱の移動量で除して筋のスティフネスおよび腱のスティフネスをそれぞれ算出した。受動的トルクやスティフネスは硬度を示す指標で,値が小さいほど柔軟性が高いことを意味する。
統計学的処理は,麻痺側と非麻痺側の各項目の違いを検討するためにWilcoxon検定を用い,有意水準は5%未満で行った。
【説明と同意】
対象者には研究の内容を説明し,書面にて研究に参加することの同意を得た。なお,本研究は京都大学医学部医の倫理委員会の承認を得た。
【結果】
最大背屈角度は麻痺側が8.5±2.1°,健側が20.0±2.2°であり,麻痺側は有意に低値を示した。麻痺側背屈角度における受動的トルクは麻痺側が16.0±2.0Nm,健側は10.0±2.0Nm/cmと麻痺側が有意に高値を示した。またΔMTJは麻痺側が0.25±0.05cm,健側は0.58±0.11cmと麻痺側は有意に低値を示した。これらの指標から算出した筋のスティフネスは麻痺側が42.1±9.0Nm/cm,健側は8.8±1.8Nm/cmであり,麻痺側は有意に高値を示した。しかし,腱のスティフネスと背屈0°と麻痺側背屈角度における筋束長においては有意な変化は認められなかった。
【考察】
麻痺側の最大背屈角度は非麻痺側と比較して有意に低値を示し,受動的トルクは有意に高値を示していることより,背屈可動域の減少と腓腹筋MTU全体の硬さが増加していることが明らかとなった。また腱のスティフネスには変化はないが,非麻痺側と比較して麻痺側の筋のスティフネスが高値を示している。これらの結果より,片麻痺者においてMTUの柔軟性の低下には腱ではなく筋の柔軟性が低下していること明らかとなった。この原因として筋束長に有意な差が認められなかったことより,筋線維自体が短縮しているのではなく,筋線維の周囲にある筋膜などの結合組織の柔軟性低下などの構造的な変化が出現している可能性が考えられる。
【理学療法学研究としての意義】
脳損傷後片麻痺患者において腓腹筋MTUの柔軟性の低下には腱ではなく筋の柔軟性が低下していることが明らかとなり,痙性筋では中枢神経の問題に加えて構造学的変化が生じていることが示唆された。

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© 2011 日本理学療法士協会
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