理学療法学Supplement
Vol.38 Suppl. No.2 (第46回日本理学療法学術大会 抄録集)
セッションID: PI2-171
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ポスター発表(一般)
ヘッドマウントディスプレイを用いた左半側視空間無視患者における視空間認知の評価
ADL評価法Catherine Bergego Scale(CBS)との比較
杉原 俊一田中 敏明泉 隆清水 孝一
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抄録

【目的】視空間認知の基準として、身体を中心に対象物の方向を位置づける身体中心座標と、身体以外の対象物を中心に位置づける物体中心座標がある。我々は、HMD(Head Mounted Display)を利用してこれらの座標系を人工的に構成し、半側空間無視(USN)における空間座標系の影響について検討している。また、日常生活動作(ADL)におけるUSNの影響評価法として、Catherine Bergego Scale(CBS)がある。本研究では、長山らにより信頼性、妥当性が検証されている日本語版CBSを用いてADL 上の問題点10項目を観察事象として抽出し、HMDを用いた評価法との比較検討を行った。
【方法】症例は、MRIにより右脳梗塞を認めた61歳の男性である。運動麻痺は認めず、ADLは監視レベルで、MMSE26/30点、Behavioral Inattention Test(BIT)行動性無視検査日本版では通常検査106点、行動検査37点(カットオフ点:131点、68点)であった。被験者は椅座位を基本測定肢位とし、1)HMDなしの通常検査、2)上方に固定した小型CCDカメラで机上の検査用紙のみを撮影しHMDの眼鏡状液晶ディスプレーに投影する物体中心条件、3)小型CCDカメラ内蔵のHMDで机上の検査用紙を投影する身体中心条件、の3条件で検査を実施した。更に2)・3)に関して、HMDに投影する映像を画面の右端を基準に75%右方向に縮小した縮小条件、および映像の右から左側に矢印が移動する縮小矢運動条件の2条件で検査を実施した。なおHMDについては、左右両眼用のCCD カメラから撮像された2入力の映像を、それぞれ左右両眼用の2つの表示装置に出力し、両眼視差立体視によるUSN症状の3次元的評価を可能とした。机上検査では、BIT日本語版の線分抹消試験を用いた。この試験では、線分抹消試験用紙の中央列4本を除いて紙面を左右に分割し、抹消した線分の抹消率を求めた。上記各条件について末梢率を求め、比較検討した。なお検査中は、デジタルビデオカメラを用いて体幹・頭部の運動を同時記録した。また、CBS評価は担当作業療法士が実施した(各項目0‐3点、合計30点、得点が高いほどUSN重度と判定)。
【説明と同意】ヘルシンキ宣言に沿って、被験者には十分な説明を実施し、その同意を得た。本研究は、北海道大学工学系ヒトを対象とする倫理審査委員会にて承認を得た。
【結果】左紙面末梢率は、HMDなしの通常検査では100%であった。HMD使用の場合、物体中心条件では33%、縮小条件で39%、縮小矢運動条件で72%となり、身体中心条件では61%、縮小条件で94%、縮小矢運動条件で98%であった。このように、左紙面末梢率は身体中心条件より物対中心条件で減少したが、縮小矢運動条件では身体、物体中心条件ともに縮小条件より抹消率は増加した。右紙面末梢率は、身体中心条件で68%となったが、他の条件では著明な低下は認めなかった。CBSは17/30点で、10項目のうち、皿の左側の食物を残す、左側の人や物に衝突する等、身体中心よりも身体外空間の無視に関するスコアの点数が高かった。検査中は通常検査と比し、物体中心の縮小条件では頭部の右回旋が増強し、右回旋を保持した状態であった。矢運動条件では、過度な頭部の右回旋が減少し、頭部、体幹の左回旋運動を認めた。また身体中心では、左紙面抹消時の頭部・体幹の左回旋を認め、右回旋保持は認めなかった。
【考察】HMDを利用したUSN評価では、身体中心より物体中心条件で抹消率が減少した。また物体中心条件の検査では、頭部の右回旋保持を示す傾向が認められた。これらより、本症例では物体中心条件でのUSNの影響が大きいと推測された。また、CBSの結果でも身体外空間でUSNを認めており、HMDによる本評価システムは、日常生活動作における問題の評価につながる可能性があると考えられる。また、USN症状を認めた物体中心条件においても、矢運動刺激により抹消率が改善しており、HMDによる注意喚起は、USNの影響を軽減できる可能性があることが示唆された。
【理学療法学研究としての意義】課題や状況により異なる可能性があるUSN症状に対し、従来の評価では、机上検査や行動観察等の複数の組み合わせが必要であった。これに対し本評価システムでは、環境条件の設定や画像修整・注意喚起表示の変更が容易であり、従来の検査より比較的簡便に詳細な障害像を明らかにできる可能性があると考えられる。今後症例数を増やして、HMDを用いた視覚情報呈示方法の影響を調べることにより、USN患者の障害に応じた理学療法を提案することが期待出来る。

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© 2011 日本理学療法士協会
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