抄録
【目的】
近年、機能的磁気共鳴画像 (fMRI) を用い脳活動と手または足の運動との関係性が検証されている。Benwellら (2007) は、健常者を対象にグリップ運動を行ったときのfMRI信号の変化を検証した結果、対側の一次感覚運動野と運動前野において活動が増加したことを報告した。Eleinら (2006) は右利きの健常者を対象に、指の対立運動と足部の3つの運動を比較した結果、手の運動に比べ下肢の運動で、感覚運動野、運動帯状回、基底核、補足運動野に有意な活動が認められたことを報告している。また、Newtonら (2003) は下肢の3つ種類の運動を行なったとき、運動時に下肢の領域における脳活動のオーバーラップする部位があり、また手の領野の一部分に信号の減少が認められたことを報告している。我々は臨床において、PNFの運動パターンの一つである骨盤の後方下制方向の運動の中間域での静止性収縮により、整形外科疾患患者の遠隔の上肢障害関節の自動関節可動域 (AROM) が改善したこと報告している (新井ら; 2002,2004)。また、脳卒中後片麻痺患者の肩・肘関節のAROMの改善も報告されている(名井ら; 2004, 2005, 上広ら; 2004)。臨床的な経験や検証の結果、骨盤の抵抗運動時に遠隔の上肢に及ぼす効果に脳活動が関与している可能性があるが、未だ検証されていないので脳活動に及ぼす効果をfMRIを用い検証した。
【方法】
対象は、神経学的な既往のない右利き健常成人3名 (男性1名、女性2名、平均年齢25.3歳) とした。課題は2種類設定し、課題1はボールを持続的に握る運動、課題2は骨盤の後方下制の中間域での静止性収縮を行なう課題とした。課題を30秒、安静を60秒とし、1課題を3回繰り返すことを1セットとし、各課題1セットずつ左側臥位で右 (上側) 手及び右 (上側) 骨盤に行なった。課題はランダムに配置し、各課題間は安静を挟む (ブロックデザイン) ようにして撮像した。測定装置はPhilips社製3.0T臨床用MR装置を使用した。測定データはMatlab上の統計処理ソフトウェアSPM2を用いて動きの補正 (realignment)、標準化 (spatial normalization) ののち平滑化 (spatial smoothing) を行なった。個人解析には統計的手法であるFWE (family wise error) を用いて、MR信号強度が有意水準 (p<0.05) の部位を抽出した。
【説明と同意】
本研究は首都大学東京安全倫理審査委員会において承認を得、対象者には、研究の概要と得られたデータを基にして学会発表等を行うことを同意説明文に基づいて説明した後に、研究同意書に署名を得た人を対象とした。また、対象者には研究同意の撤回がいつでも可能なことを説明した。
【結果】
全対象者で手の運動においては左感覚運動野に限局した賦活が認められた。骨盤の抵抗運動では全対象者で両側の感覚運動野に広範囲な賦活が認められ、前運動野、補足運動野、体性感覚連合野、前頭前野背外側部、背側後帯状皮質の賦活も認められた。3名中2名には手の運動で賦活した領域も含まれていた。また、運動と同側の下前頭前野、腹側前帯状皮質、背側前帯状皮質、前頭極の賦活が認められたが、運動と対側のみの賦活は認められなかった。さらに全対象者で小脳の賦活も認められ、手の運動課題と比較し骨盤の抵抗運動では賦活範囲の拡大が認められた。
【考察】
今回の研究において、手の運動と比べ骨盤の抵抗運動時では賦活が広範であり、オーバーラップする領域が認められ、また感覚運動野に限局せず、前頭葉や小脳などのより広範囲の賦活が認められた。この結果は、骨盤の抵抗運動が手の活動に対して影響する可能性を示すものと考えられる。また、骨盤の抵抗運動において広範囲の賦活が認められた原因として、側臥位で右 (上側) のみの運動でなく、左 (下側) の体幹の活動も伴うために両側の脳の賦活が認められたと考えられる。
骨盤の抵抗運動では右(上側) のみの下前頭前野、腹側前帯状皮質、背側前帯状皮質において賦活が有意に認められた。前帯状皮質は前頭前野の情報も参照しながら、個体が必要とする運動・行動の情報を複数の運動野へ送り込む系としての働きが推測されている (Morecraftら; 1998)。しかし、なぜ運動側と同側の脳の賦活のみが生じたかは明らかではない。
【理学療法学研究としての意義】
遠隔操作である骨盤の抵抗運動は脊髄レベルのみでなく大脳皮質レベルの関与が示唆されたことにより、骨盤の抵抗運動のEBMの一端を明示することができた。