抄録
【目的】
股関節疾患を罹患している患者は病期が末期になると疼痛や変形などにより股関節の可動域(以下、ROM)が制限されることが多い。また、手術後も術前からの根強いROM制限は残存することがある。靴下着脱動作は足先に上肢をリーチする日常生活動作(以下、ADL)の一つであり、大きな股関節のROMが必要とされる。そのため、ROMが制限されることは靴下着脱動作の自立が不可能となり、生活の質(以下、QOL)の低下を招くことが危惧される。そこで、今回の目的は人工股関節全置換術(以下、THA)の施行前後の靴下着脱動作の自立の有無に与える影響を把握するため、股関節ROMを中心に検討することとした。
【方法】
当院にてTHAを施行された60例63関節を対象とした。性別は女性55例、男性5例、平均年齢は68.9歳であった。原疾患は変形性股関節症56関節、大腿骨頭壊死6関節、関節リウマチ1関節であった。靴下着脱方法は、ベッド上にて股関節屈曲、膝関節伸展位で行う長座位法と端座位にて股関節屈曲、外転、外旋、膝関節屈曲位で行う外旋法の2つに区分し、術前と術後退院時に自立の有無を評価した。また、自立の有無に影響を与える因子を検討するため、股関節ROM(屈曲、外転、外旋)を両時期に測定し、その他に年齢、術式、在院日数を診療録より収集した。分析方法は、着脱方法別に自立の有無により自立群と非自立群に分類したものを従属変数、各測定項目を独立変数として、ロジスティック回帰分析を行った。
【説明と同意】
対象者には本研究の目的と方法、個人情報の保護について十分な説明を行い、同意を得られたものに対して実施した。
【結果】
長座位法は56関節、外旋法は61関節が評価可能であった。着脱方法別と時期別にみた自立状況は、長座位法で術前17関節、退院時21関節が自立しており、外旋法は術前、退院時ともに21関節が自立していた。ロジスティック回帰分析の結果、長座位法では、術前は術前屈曲ROM(p<0.05)が選択され、退院時は術前の長座位法の自立の有無(p<0.01)が選択された。外旋法では、術前は術前屈曲ROM(p<0.05)が選択され、退院時は術後屈曲ROM(p<0.01)と術後外旋ROM(p<0.05)が選択された。術後在院日数は平均31.3日であった。
【考察】
今回、靴下着脱動作の2方法に区分し、術前と退院時の自立の有無に与える因子を検討した。その結果、術前の長座位法では術前屈曲ROMが因子として選択され、原疾患由来の疼痛や変形などに伴うROM制限が靴下着脱動作に影響を及ぼしていると考えられた。しかし、退院時にROMは因子として選択されず、術前の自立の有無のみが選択された。その原因として足先へのリーチ動作を行う靴下着脱動作は股関節ROMだけでなく、体幹の可動域も同時に必要とされる。今回ほとんどの対象者は術後にROMの改善が図れているため、術前から体幹の可動域に制限が受けているものが退院時の靴下着脱動作に影響を及ぼし、非自立となったのではないかと考えられる。よって、長座位法では術前は屈曲ROMが、退院時は体幹の可動域が自立の有無により影響を及ぼしているのではないかと思われる。一方、外旋法では術前は術前屈曲ROMが、退院時は術後屈曲ROMと術後外旋ROMがそれぞれ選択された。外旋法は股関節の屈曲と外転、外旋の複合動作であるが、術前は長座位法と同様に屈曲ROMのみが影響を及ぼした。しかし、退院時は長座位法とは異なり、屈曲、外旋のROMが因子として選択されたことから、術後の屈曲、外旋ROMの改善が自立の有無に重要である。また、外旋法による靴下着脱動作も股関節ROMだけではなく、体幹の可動域も必要である。しかし、外旋法では術前の自立の有無は因子として選択されず、退院時の自立の有無に影響を及ぼさなかった。このことから、長座位法とは異なり自立の有無には体幹の可動域よりも股関節ROMがより重要になるのではないかと推察された。しかし、今回は体幹の可動域は検討因子に含まれておらず、今後は体幹の可動域も含めた調査が必要であると思われる。
【理学療法学研究としての意義】
股関節疾患患者は病期の進行に伴い疼痛や変形などによりROM制限が生じ、ADLに制限を受ける。その為、THAなどの術後はADLの改善が期待されているが、靴下着脱動作に困難を要する患者を多く経験する。靴下着脱動作は日々繰り返される動作であり、介助を要することに抵抗を示す患者が多く、非自立であることはQOLの低下を招く恐れがある。そのため、靴下着脱動作の自立に及ぼす因子を把握することで、早期より理学療法の介入が行われ、自立へ向けた支援を行えるのではないかと考えた。その結果、動作が自立することよりQOLの向上が図れることで、よりよいライフスタイルが送れるのではないかと思われる。