抄録
【目的】Timed up and go test(以下、TUG)は起座動作や方向転換を含む動作であり、多くの疾患の移動能力や転倒予測の指標として広く用いられている。第45回日本理学療法学術大会において、我々は人工股関節全置換術(以下、THA)術後4週の時点でのTUGが10.4秒以下であれば、術後6ヶ月において杖無しでの長距離歩行と速歩と手すり無し一足一段での階段昇降が可能となることを示し、TUGが術後長期的な視点での歩行ならびに階段昇降能力の回復状況を予測する上で有用な指標となることを報告した。これらのことから、THA術後早期のTUGによる移動能力の評価は有用であると考えられるが、THA術後早期のTUGに関わる因子は明らかとした報告は少なく、不明な点が多い。そこで、本研究の目的は、THA術後早期におけるTUGに影響を及ぼす因子を明らかとすることとした。
【方法】対象は当院にてTHAを施行され、術後4週が経過した196名(男性27名、女性169名、年齢59.8±11.5歳、BMI22.4±3.5kg/m2)とした。全例手術法は前外側アプローチであり、術後3日目より理学療法を開始し、術後4週で退院となった。術後4週でのTUGと術側の股関節外転筋力および膝関節伸展筋力を測定した。TUGは杖無しで行い、可能な限り速く行うよう指示した。股関節外転筋力は徒手筋力計(日本MEDIX社製)、膝関節伸展筋力はIsoforce GT-330(OG技研社製)を用いて等尺性筋力を測定し、それぞれトルク体重比(Nm/kg)にて算出した。測定はそれぞれ2回行い、データ解析にはTUGは最小値、筋力は最大値を採用した。また、術後のADLの獲得状況として、杖歩行自立までに要した期間を診療記録より後方視的に調査した。杖歩行自立は担当理学療法士が術日から病棟での杖歩行を許可した日までの日数とした。さらに、TUGにおいて10.4秒未満であった群(以下、A群)と10.4秒以上要した群(以下、B群)の2群に分類した。統計には、各測定項目の両群間の比較には対応の無いt検定を用い、さらに両群間で有意差を認めた項目を説明変数とし、TUGを従属変数としたロジスティック回帰分析を行った。統計学的有意基準は5%未満とした。
【説明と同意】ヘルシンキ宣言に基づき、各対象者に対し、本研究の目的・方法を詳細に説明し、同意を得て実施した。
【結果】両群の割合は、A群は61.7%(121名)、B群は38.3%(75名)であった。年齢は、A群は56.9±10.6歳、B群は64.4±11.3歳であり、A群はB群と比較して有意に低い値を示した。BMIはA群22.1±3.1 kg/m2、B群23.1±3.9 kg/m2であり、両群間で有意差を認めなかった。股関節外転筋力はA群0.53±0.19 Nm/kg、B群0.40±0.13 Nm/kgであり、A群はB群と比較して有意に高い値を示した。膝関節伸展筋力はA群1.22±0.54Nm/kg、B群0.93±0.38 Nm/kgであり、A群はB群と比較して有意に高い値を示した。杖歩行自立までに要した期間はA群10.7±3.6日、B群15.0±5.0日であり、A群はB群と比較して有意に低い値を示した。さらにTUGを従属変数としたロジスティック回帰分析では、年齢、股関節外転筋力および杖歩行自立までに要した期間が有意な項目として選択され、膝関節伸展筋力は組み入れても有意とはならなかった。
【考察】本研究の結果より、THA術後4週のTUGを規定する因子として年齢、術後4週の股関節外転筋力および杖歩行自立までに要した期間が選択された。先行研究より、THA術後の移動能力には股関節外転筋力が関与することが報告されており、本研究と一致した結果であった。このことからTHA術後早期における移動能力の向上のためには、股関節外転筋力に着目した筋力トレーニングの重要性が示唆された。また、THA術後において、より早期に杖歩行が自立した症例では術後4週までにより多くの歩行練習ができることから、術後4週でのTUGに影響を与える因子の一つとして、杖歩行自立までに要した期間が選択されたと考えられた。
【理学療法学研究としての意義】本研究の結果から、THA術後早期におけるTUGを規定する因子が明らかとなったことで、THA術後早期のリハビリテーションプログラム立案の一助となると考えられ、理学療法研究として意義があるものと思われる。