抄録
【目的】健康関連quality of life(QOL)は疾病の症状を患者が自身の価値観や経験などに基づいて理解・解釈することによって決定されるとする土井のモデル〔J Natl Inst Public Health 53, 176-180, 2004〕が、手術適応の頸髄症患者において成り立つかどうかを検討すること。
【方法】<対象>頸髄症の診断を受け、片開き式椎弓形成術が適応となった35人(男性24人・女性9人、62.1±7.9歳)を対象とした。主訴の内訳は、感覚障害が29人、運動障害が5人、膀胱直腸障害が1人であった。なお、変形性関節症や腰椎疾患などの合併症による運動および感覚障害が明らかであった患者は除外した。<調査項目>他覚的重症度の指標として日本整形外科学会頸髄症治療成績判定基準(JOAスコア)、自覚的重症度の指標として脊髄自己機能評価スケール(SSFS)、健康関連QOLの指標としてMOS short-form 8-item health survey(SF-8)のアキュート版を用い、術前と退院時に調査した。JOAスコアとSSFSは構成される下位項目の中から運動機能項目と感覚機能項目をそれぞれ抜粋した。なお、JOAスコアは機能尺度であり、SSFSは重症度尺度であった。SF-8は8つの下位領域[全体的健康感:GH、身体機能:PH、日常生活役割機能(身体):RP、体の痛み:BP、活力:VT、社会生活機能:SF、心の健康:MH、日常生活役割機能(精神):RE]からなり、それぞれの領域の得点が算出されるだけでなく、身体的健康サマリー(PCS)と精神的健康サマリー(MCS)が所定の計算式にて算出された。<分析方法>術前および退院時のそれぞれにおいてJOAスコアとSSFSの運動・感覚機能項目とSF-8の各項目との間の関連性をSpearmanの順位相関係数にて検証した。
【説明と同意】本研究の実施にあたり当院倫理審査委員会の承認を受けた。また、すべての対象者に対して、あらかじめ研究に関する説明を十分に行った上で研究参加の同意を記名にて得た。
【結果】術前では、JOAスコアおよびSSFSの運動機能項目と有意に相関していたSF-8の下位領域はなかったが、JOAスコアの感覚機能項目はGH(r=0.52,p<0.01)、BP(r=0.40,p<0.05)と、SSFSの感覚機能項目はGH(r=-0.49,p<0.01)、PH(r=-0.40,p<0.05)、BP(r=-0.59,p<0.01)ならびにPCS(r=-0.54,p<0.01)と有意に相関していた。退院時では、JOAスコアおよびSSFSの運動機能項目と有意に相関していたSF-8の下位領域は術前と同様になく、JOAスコアの感覚機能項目はMCS(r=0.34,p<0.05)と、SSFSの感覚機能項目はGH(r=-0.50,p<0.01)、VT(r=-0.34,p<0.05)と有意に相関していた。
【考察】術前においてはJOAスコアとSSFSの運動機能項目はSF-8の下位領域のいずれとも有意な関連がみられなかった一方で、JOAスコアの感覚機能項目はSF-8のGH、BPと、SSFSの感覚機能項目はGH、PH、BPならびにPCSと有意な関連がみられた。これらの結果は、健康関連QOL、特に身体的健康感が運動障害ではなく感覚障害と関連深かったことを示していたが、QOLは痛みの程度と関連するとする藤原らの主張〔Clin Calcium 19, 45-52, 2009〕と合致していた。また、本研究の対象のほとんどが感覚障害を主訴としていたこととも矛盾しなかった。そして、感覚障害の自覚的重症度は他覚的重症度よりも多くのSF-8の下位領域と関連していたことは、身体的健康感は他覚的重症度よりも自覚的重症度と比較的強く関わりあっていたことを反映していたものと考えられた。すなわち、冒頭で示した健康関連QOLは疾病の症状を患者が自身の価値観や経験などに基づいて理解・解釈することによって決定されるとする冒頭のモデルを支持する結果であったといえ、医療者が判断する治療効果と患者自身の治療満足度とが乖離することがあることを説明できた。退院時においてはJOAスコアの感覚機能項目はSF-8のMCSと、SSFSの感覚機能項目はGH、VTと有意な関連がみられており、健康関連QOLと自覚的重症度との関わりあいは術前と同様であった。しかし、術前では身体的健康感を主に反映する下位領域と関連していたのに対して、退院時では精神的健康感を主に反映する下位領域と関連していたという点が異なっていた。この相違の原因については本研究で明らかにできなかったものの、感覚障害の自覚的重症度および健康関連QOL両者の改善の過程において、患者自身による症状の理解・解釈が変化したことを示唆していると考えられた。
【理学療法学研究としての意義】本研究では、頸髄症患者に対する手術ならびに理学療法の介入効果を検討する場合、頸髄由来の症状の変化を医療者が評価するだけでなく、患者自身にも評価してもらうことが望ましいことが示された。患者に介入効果の実感が伴う理学療法を提供していくことが重要であると考えられた。