抄録
【目的】
骨盤後傾位は高齢者や変形性膝関節症患者などに多い姿勢である。先行研究では,骨盤前傾・後傾が静止立位時の姿勢に及ぼす影響についての研究がほとんどであり,歩行等の動的状況下の下肢関節の運動学的・運動力学的影響に関する報告は少ない。そこで,本研究では,骨盤後傾を人為的に起こし,下肢関節の運動学と運動力学側面に与える影響を明らかにすることを目的として行った。
【方法】
被験者は,健常女性8名(年齢21歳, 身長157.10 ± 4.58 cm, 体重51.43 ± 3.80kg)。仲保らの先行研究を参考にし、骨盤後傾ベルト(以下:ベルト)を作成し使用した。被験者は7mの直線歩行路を自然歩行とベルト装着状態での歩行を各5回行い,各条件において3歩行周期を抽出し解析した。歩行時の各関節角度と関節モーメントの測定は,赤外線カメラ8台を用いた三次元動作解析装置VICON MX(Vicon MotionSystem社, Oxford),床反力の計測には,床反力計(AMTI社, Watertown)8枚を用いた。マーカーは先行文献を参考にし,赤外線反射マーカーを合計33箇所に貼付した。三次元動作解析装置と床反力計から得られた運動学・運動力学データと身長,体重から歩行データ演算ソフトBodybuilder(Vicon Motion System社, Oxford)を用いて関節角度,関節モーメントを算出した。なお,歩幅は身長で正規化(%Body Height: %BH)した。関節角度と関節モーメントは,1歩行周期を100%として時間正規化を行い,歩行周期分を加算平均した。関節モーメントは内部モーメントで表し,体重で補正した値を用いた(Nm/kg)。
自然歩行とベルト装着時歩行の比較には,Shapiro-wilkにて正規分布に従うことを確認したのち,対応のあるt検定を行った。解析には,SPSS15。0J for windows(エス・ピー・エス・エス社, 日本)を使用し解析を行った。なお,p<0.05をもって有意とした。
【説明と同意】
研究の実施に先立ち広島国際大学の倫理委員会にて承認を得,全ての被験者に本研究の目的を説明し,同意を得たうえで計測を実施した。
【結果】
ベルト装着歩行の骨盤の角度は,自然歩行と比較して7°後傾していた。よってベルト装着歩行は,自然歩行と比較して骨盤後傾が得られている。ベルト装着時の歩行速度(0.91±0.12 m/s)と歩幅(35.26±2.89 %BH)は,自然歩行時(歩行速度: 1.06±0.11 m/s,歩幅:30.28±3.15 %BH)に比べて有意に低かった。ベルト装着時の股関節は,全体的に屈曲角度は減少しており,ベルト装着時の荷重応答期と遊脚中期の股関節屈曲角度(17.06±8.20°,18.11±8.78°)は自然歩行時(26.41± 4.25°,27.47±4.62°)と比べて有意に小さかった。外転内転角度は,全体的に内転角度は減少し,ベルト装着時の荷重応答期の内転角度(-5.83±3.08°)は自然歩行時(-2.81±3.35°)と比べて有意に小さかった。膝関節では,屈曲伸展角度はベルト装着時の荷重応答期の屈曲角度(17.44±6.29°)は自然歩行時(13.79±5.83°)と比較して有意に大きく,遊脚終期のベルト装着時の伸展角度(7.76±4.95°)は自然歩行時(3.69±2.69°)と比べて有意に屈曲していた。
関節モーメントについては,ベルト装着時の立脚終期の股関節屈曲モーメント(0.78±0.29Nm/kg)は,自然歩行時(0.92±0.22Nm/kg)と比べて有意に小さかった。前額面モーメントは,ベルト装着時の立脚終期の股関節外転モーメント(0.92±0.21Nm/kg)は,自然歩行時(1.04±0.20Nm/kg)と比べて有意に小さかった。膝関節内反外反関節モーメントに有意な差は認められなかった。
【考察】
本研究の結果,歩行時の骨盤後傾は股関節運動に影響を与えることが明らかとなった。また,歩行の遊脚終期から荷重応答期にかけて膝関節運動に影響を与え,このことは着地時の地面からの衝撃の吸収に影響を与えていることを示唆する。しかし、関節モーメントについては股関節には変化があったが膝関節には変化が認められなかった。その理由として,本研究の被験者は,健常女性であった。よって,ある程度の股関節と膝関節周囲筋の筋力が保たれていたために,歩行時の膝関節安定化が図られていたことによって膝関節モーメントに与える影響がほとんどなかったと推測される。
【理学療法学研究としての意義】
本研究では骨盤後傾は歩行時の股関節と膝関節の運動学的変化は与えるが,膝関節の運動力学的変化にはつながらなかった。その理由としては,ある程度の下肢筋力が維持されていたことが推測された。この研究は,下肢筋力の維持・増強の必要性を支持するエビデンスにつながる可能性を示唆する研究であり,理学療法研究として意義はあると思われる。