抄録
【目的】
姿勢保持能力を適切に評価することは、スポーツ障害の把握や高齢者の転倒予防など多くの理学療法領域における重要な課題である。片脚立位は最も単純な立位姿勢保持課題であり、足圧中心(COP)軌跡を一定時間計測して揺れの程度を要約統計量として扱うことが多く、急性足関節捻挫では姿勢保持能力低下がCOP動揺の増大で示されている(Evans 2004)。ただ、COP動揺は非定常性が強く定常性を前提とした要約統計量ではCOP動揺の特徴を定量化することは難しいとの指摘もあり(Duarte 2000)、個人の特徴を的確に捉えるためには定常性に優れた精度の高いパラメータの検討が望まれる。近年、COPがある速度で軌道上を移動する際に支持基底面の境界に到達するまでの時間(time to boundary:TTB)を用いて姿勢保持能力を評価する手法が提案されている(van Emmerik 2002)。TTBは1階差分系列であるため高い定常性を示し(Hertel 2006)、足部の前後(AP)・左右(ML)径を解析に用いることから個人の特徴をより反映する可能性があるが、本邦での利用は少なく十分なデータの蓄積はなされていない。本研究では健常成人を対象として既存のCOPパラメータとの関連性からTTBの利用可能性を検討した。
【方法】
健常成人13名(男性11名、女性2名、年齢24.2±3.1歳、身長171.8±8.3cm、体重69.9±12.3kg)を対象として、床反力計(AccuGait、AMTI社)上で裸足にて30秒間の片脚立位保持を3回実施させた。測定肢は右下肢として、測定中は上肢を体幹前方で組み左股・膝関節を軽度屈曲させ視線の高さの2m前方に設置した指標を注視させた。COPデータはサンプリング周波数50Hzで記録し、ローパスフィルタにより遮断周波数5Hzで高域遮断を行った。データ解析には片脚立位開始後10~20秒のCOPデータの3回の平均値を用いた。足部を長方形モデルで捉えるためAP、ML径を計測し、COPが同方向に加減速なく移動した際の移動距離と計測時間から算出したCOP速度でCOP位置から支持基底面の境界までの距離を除してTTB 列を求め、移動方向の変化を示す最小値を決定した。AP、MLそれぞれでのTTBパラメータ(絶対最小値、平均最小値、最小値標準偏差)を算出し、既存のCOPパラメータ(単位軌跡長、動揺速度、動揺標準偏差、矩形面積)との関連性をPearsonの積率相関係数を用いて検討した。統計解析にはPrism5(GraphPad社)を使用し、有意水準はp<0.05に設定した。
【説明と同意】
本研究は広島大学大学院保健学研究科心身機能生活制御科学講座倫理委員会の承認を得て実施し、対象者には研究に先立ち同意を得た(承認番号1011)。
【結果】
単位軌跡長度とTTB ML SDを除く全てのTTBパラメータ(r=-0.58~-0.76、p<0.05)、COP ML動揺速度とTTB MLパラメータ(r=-0.63~-0.78、p<0.05)、COP AP動揺速度とTTB APパラメータ(r=-0.75~-0.91、p<0.05)にそれぞれ有意な相関を認めたが、COP動揺標準偏差(r=0.01~-0.30、p=0.48~0.92)、矩形面積(r=-0.07~-0.44、p=0.20~0.89)とTTBパラメータには有意な相関を認めなった。なお、TTB MLパラメータ間(r=0.57~0.91、p<0.05)、TTB APパラメータ間(r=0.56~0.94、p<0.05)にはそれぞれ有意な相関を認めた。
【考察】
先行研究(Hertel 2006)と同様に、COPとTTBパラメータの関連性(r=0.01~-0.91)はTTBパラメータ間の関連性(r=0.57~0.94)よりも弱く、TTBにはCOPパラメータとは違った側面での姿勢保持能力を反映した評価が期待できる可能性が示された。TTBでは足部のAP、ML径を解析に用いるため、その影響がこの特徴を説明するかもしれない。また、これまでに単位軌跡長とTTBとの関連性については知られていないが、本研究からTTB APとの関連性がより強い可能性が示された。一般的にAP方向とML方向では身体動揺の位相特性が異なることが知られており、姿勢保持能力評価におけるTTB MLとTTB APの違いについてはさらに検討する必要があると考える。
【理学療法学研究としての意義】
姿勢保持能力をいかに捉えるかは様々な理学療法領域における重要な課題であり、COP とTTBパラメータの関連性を示した本研究結果は、本邦におけるTTBによる姿勢保持能力評価の発展に資する意義があると考える。