抄録
【目的】
当院を受診する野球選手の障害部位は主に肩と肘に分けられる。野球選手は投球障害肩や投球障害肘を経験することが多く、その原因や病態には様々な要素が関与している。しかし、投球障害肩と投球障害肘の原因や病態の違いは不明確であり、報告も少ない。諸家により野球選手の上肢可動域、全身関節弛緩性などの身体的特徴との関係は報告されているが、投球障害肩と投球障害肘とで比較した報告は少ない。今回の目的は投球障害肩と投球障害肘の上肢可動域、全身関節弛緩性などの身体的特徴を比較検討することである。
【方法】
対象は2008年1月から2010年3月までに、当院にて短期入院治療を受けた投球障害肩を有する野球選手55名(以下肩群)と投球障害肘を有する野球選手25名(以下肘群)であった。
上肢可動域は、肩甲骨固定での外転(以下CAT)、肩甲骨固定での水平内転(以下HFT)、外転位外旋(以下2ndER)、外転位内旋(以下2ndIR)、外転位での内外旋可動域の合計(以下total arc)、肘関節屈曲、肘関節伸展とした。また、年齢、野球開始年齢、野球歴、身体的特徴としての全身関節弛緩性(以下GJL)、肩関節不安定性を比較検討した。GJLはcarterの5徴候で、肩関節不安定性はsulcus signにて検討した。統計学的検定はStudent’s T-testとχ2検定を用い、有意水準を5%未満とした。
【説明と同意】
対象には本研究についての十分な説明を行い、同意を得た。
【結果】
肩群の投球側上肢可動域は、CAT 124.9±7.9°、HFT 85.6±6.3°、2ndER 100.5±7.1°、2ndIR 26.4±8.7°、total arc 126.9±10.4°、肘関節屈曲 144.7±5.4°、肘関節伸展 -0.6±6.7°であった。肩群の非投球側上肢可動域は、CAT 133.4±9.7°、HFT 93.8±5.2°、2ndER 89.2±6.3°、2ndIR 38.1±8.1°、total arc 127.3±10.2°、肘関節屈曲 149.6±4.5°、肘関節伸展 4.2±5.3°であった。肘群の投球側上肢可動域は、CAT 123.1±5.8°、HFT 86.0±6.2°、2ndER 94.1±8.7°、2ndIR 26.3±6.5°、total arc 120.5±12.6°、肘関節屈曲 144.4±5.2°、肘関節伸展 -5.8±9.6°であった。肘群の非投球側上肢可動域は、CAT 132.6±9.5°、HFT 92.3±5.3°、2ndER 86.2±8.5°、2ndIR 34.4±8.8°、total arc 120.6±13.1°、肘関節屈曲 150.1±4.7°、肘関節伸展 2.9±5.8°であった。上肢可動域において、肩群が肘群より投球側2ndER、投球側total arc、非投球側total arc、投球側肘関節伸展で大きく、有意差を認めた。
年齢は肩群17.8±2.3歳、肘群16.5±1.3歳であった。野球開始年齢は肩群8.3±1.6歳、肘群7.9±1.8歳であった。野球歴は肩群9.5±2.6年、肘群8.6±2.4年であった。GJLは肩群1.6±1.1項目、肘群1.7±1.5項目であった。肩関節不安定性は投球側において肩群55名中41名(74.5%)、肘群25名中13名(52.0%)、非投球側において肩群55名中43名(78.1%)、肘群25名中15名(60.0%)であった。年齢、野球開始年齢、野球歴、GJLで有意差を認めなかったが、肩関節不安定性において投球側のみ肩群が肘群より有意に高かった。
【考察】
投球障害肩と投球障害肘における原因や病態の違いは不明確であり、報告も少ない。そこで我々は投球障害肩と投球障害肘の上肢可動域、GJLなどの身体的特徴に着目し、比較検討した。
今回の結果において、年齢、野球開始年齢、野球歴、GJLに有意差は認められなかったが、上肢可動域、肩関節不安定性に有意差が認められた。山口らは、肩関節の回旋可動域の大きい者に肩関節の不安定性を示す傾向がみられたと報告している。本研究において肩群が肘群より投球側、非投球側ともにtotal arcが大きく、肩関節不安定性を有する割合も高かった。このことから、肩関節不安定性を有し、肩関節回旋可動域が大きいことで肘関節よりも肩関節に障害を生じやすい可能性が示唆された。
一方、投球側肘関節伸展で有意差が認められたが、非投球側肘関節伸展で有意差が認められなかった。このことから、肘群は肩群に比べ投球側肘関節伸展に制限を有しているといえる。渡邊らは野球肘の検診から肘関節の伸展制限は野球肘の発症を予見する指標となり得ると報告している。このことから、肘関節伸展制限があると肘関節に障害が生じやすい可能性が示唆された。
しかし、本研究では投球障害のないコントロール群との比較検討を行っていない。今後の課題はコントロール群との比較検討していくことでより障害発生と身体的特徴との関係を明確にしていくことである。
【理学療法学研究としての意義】
投球障害肩は投球障害肘に比べ投球側・非投球側ともに肩関節回旋可動域が増大し、肩関節不安定性を有している割合が高く、投球障害肘は投球障害肩に比べ投球側肘関節伸展が制限されている割合が高いことが明らかになった。