抄録
【目的】
前十字靭帯(ACL)損傷患者には脛骨の回旋運動や前後方移動に起因した膝関節の不安定性が生じる場合が多い.ACL損傷患者の歩行動作において,膝関節の屈曲伸展を抑制し不安定性を防止するというStiffening Strategyが広く知られている.このように歩行時のStiffening Strategyは,膝関節の矢状面での運動を小さくし脛骨の前方移動を抑制することであるが,水平面における脛骨の回旋運動も小さくする傾向があるのではないかと考えられる. しかし,脛骨の回旋運動は微小な運動で,従来の動作解析システムでは測定困難であった.そこで今回われわれは,多点マーカーを用いることにより,実際の骨運動との整合性が高いPoint Cluster Technique(PCT)を用いて,ACL損傷例の患側と健側の脛骨回旋運動を比較検討した.
【方法】
対象はACL損傷患者5名(平均年齢22.8±4.3歳,男性1名・女性4名)とした.ACL損傷の受傷から計測までの期間は3.2±2.1ヶ月であった.計測は,体表に赤外線反射マーカー36点を貼付し,三次元動作解析システムVICON MX(カメラ10台)を用いて行った.歩行計測に先立ち,各関節の標準化のために静止立位の測定を行い,その後,自由速度の歩行を3回施行した.なお,測定前に数回の練習を行った後に計測をした.計測したマーカー位置よりAndriacchiらのPCT法を用いて膝関節屈曲伸展角度,脛骨内外旋角度を計算し,静止立位角度により補正した.屈曲に関しては,患側と健側の立脚初期から中期における屈曲ピーク値と立脚期中期の伸展ピーク値を算出し,その差の平均値を比較した.内旋に関しては,踵接地(HC)時の内旋角度と立脚中期の内旋ピーク値を算出し,その差の平均値を比較した.統計学的解析にはPaired-T testを用い,P<0.05を有意差ありとした.
【説明と同意】
本研究は,国際医療福祉大学三田病院倫理委員会の承認を得,対象者に口頭と文書にて説明を行い,研究の参加に対する同意を得て行った.
【結果】
立脚初期から中期における屈曲ピーク値と立脚中期の伸展ピーク値の差は患側膝関節では8.0±1.6度,健側膝関節では15.1±4.4度であり,患側と健側の膝関節で統計学的有意差を認めた(p<0.05). HC時の内旋角度と立脚中期の内旋ピーク値の差は患側膝関節では11.9±7.0度,健側膝関節では12.4±5.8度であり,統計学的有意差は認めなかった.しかし,5例を個々に検討すると,2例で患側の内旋角度の差が健側に比し大きかった.この患側の内旋角度の差が大きい2例は,直後に施行された関節鏡所見において不安定性を伴う半月板損傷を合併する症例で,1例は内側半月板,もう一例は外側半月板損傷であった.
【考察】
ACL損傷患者は,前述したように膝関節の安定性を保つため,歩行時に屈曲伸展角度を小さくするStiffening Strategyをとることが知られている.ACL損傷による膝関節の不安定性は脛骨の回旋運動や前後方向移動に起因するため,われわれは立脚中期における脛骨の内旋運動が小さくなることを期待したが,本研究では先行研究と同じくStiffening Strategy は認めたが,回旋においては有意差を認めなかった.これは半月板損傷を合併する2例で屈曲伸展角度は小さいにもかかわらず,HC時の内旋角度と立脚中期の内旋ピーク値の差が健側よりもむしろ大きかったためと考えられる.半月板は回旋に関するSecondary Restraintと考えられており,その破綻のために立脚中期における膝関節への荷重が均等に分散できず脛骨の回旋運動が過度に生じたと推察される.そのため,ACL損傷患者における膝関節の安定性に起因する脛骨の回旋運動は,ACL損傷のみでなく半月板損傷による影響も大きいと考えられる.
【理学療法学研究としての意義】
本研究により,ACL再建後の歩行時も,半月板損傷を伴う場合は,脛骨の内旋運動を過度に誘発し,再建靭帯への過度の伸張もしくは将来的な変形性関節症の発生などの悪影響が生じることが推測される.そのためにACL損傷患者の理学療法では,ACLの状態のみならず半月板損傷の影響も考慮する必要性が示唆された.