抄録
【目的】
Timed “Up & Go” Test(TUG)は歩行能力やバランス能力、下肢筋力、日常生活機能との関連が高く、検査の信頼性、妥当性が報告されている検査である。人工膝関節置換術後患者におけるTUGに関連した報告では、歩行速度、膝伸展筋力、疼痛との関係性を報告したものがあり、TUGを機能的移動能力の指標として用いることは有効であるとしている。しかし、人工膝関節置換術後患者におけるTUGの各運動相における所要時間を報告したものはない。また、その特徴・欠点として、TUGは歩行距離が延長するほど歩行速度の影響を受けやすい、椅子からの立ち上がり様式が合計時間に影響する、原法における座面高46cmの肘掛け椅子からの立ち上がりは我が国の高齢者における立ち上がり能力が反映されにくい、回る側と反対側の下肢筋力の影響を受けるなどの報告がある。
本研究の目的は、人工膝関節置換術後患者における最大歩行速度での3m及び1mTUG所要時間を各運動相別に分析し、簡便な検査としてのTUGの臨床的意味を検討することである。
【方法】
対象は、当院にて人工膝関節置換術を行った20名(75.00±5.24歳)とし、他の下肢手術の既往や下肢及び脊椎の整形外科的疾患、呼吸・循環器・脳神経系疾患、認知症が診断もしくは疑われる患者は除外した。
対象者からは、最大歩行速度での3m及び1mTUG各相における所要時間と合計所要時間を術後26~30日に測定評価した。
TUGの実施方法は座面高40cmの椅子を使用し、立ち上がり及び着座には上肢の使用を禁止し、最大努力速度にて術側と反対周りに目印を回るように指示した。各相は、起立(体幹の前傾開始から一歩目の踵離地まで)、往路(目印を通過した踵接地まで)、方向転換(方向を変え目印を通過した踵接地まで)、復路(方向転換から踵接地まで)、着座(殿部が坐面と接触するまで)と定め、ビデオカメラで撮影し、各運動相の所要時間を記録した。
【説明と同意】
今回の研究にあたり、対象者には研究の趣旨・目的を説明し、書面にて同意を得た。
【結果】
1.所要時間は3mTUGの合計平均10.13秒、起立1.16秒、往路2.88秒、方向転換1.60秒、復路3.07秒、着座1.41秒であった。1mTUGの合計平均6.40秒、起立1.10秒、往路1.18秒、方向転換1.46秒、復路1.43秒、着座1.22秒であった。
2.合計時間に対する各運動相の割合は、3mTUGで起立11.47%、往路28.48%、方向転換15.78%、復路30.34%、着座13.93%であった。1mTUGで起立17.16%、往路18.46%、方向転換22.84%、復路22.42%、着座19.12%であった。
3.起立と着座、往路と復路(歩行)を統合すると、3mTUGでは起立着座25.40%、歩行58.82%、方向転換15.78%となる。1mTUGでは起立着座36.28%、歩行40.88%、方向転換22.84%となる。
【考察】
3mTUGでは、歩行が全体のおよそ6割を占めており、人工膝関節置換術後患者においても健常高齢者と同様に、TUG合計時間が歩行機能の影響を強く受けることが予想される。相対的に起立着座と方向転換の割合が少なくなり、日常生活での活動能力を反映しにくくなっている可能性がある。1mTUGでは、起立着座と方向転換の割合が多くなり、直線歩行での歩行速度の影響を受けにくく、実際の生活場面における機能的移動能力をより反映するのではないかと考える。これらのことから、人工膝関節置換術後患者に対してTUGを行なう場合、実施方法を統一し、各運動要素がTUGの合計時間に与える影響の強さを考慮した上で用いることが必要であると考える。また、TUGの各運動相がどのような身体機能・活動能力と関係性を示すか、更なる検討が必要であると考える。
【理学療法学研究としての意義】
簡便な検査であるTUGの人工膝関節置換術後患者への適応において、その実施方法と結果がもつ臨床的意味を検討する。