抄録
【目的】腰痛の発症要因となる動作の1つにLiftingがあり,その発症予防法に関する様々な報告がある.スタティック・ストレッチング(以下,ストレッチ) もその1つとして取り上げられているが,Lifting前に行うストレッチ効果を判定した報告はない.そこで,本研究は,ストレッチ実施および未実施前後でのLiftingの筋活動量,および動作開始までの反応時間の変化からストレッチ効果を検討し,腰痛予防の観点から考察することを目的として行った.
【方法】腰痛の既往が無い等,本動作に影響を及ぼす要因をもたない健常男子学生10人(23.8±3.0歳,169.1±5.1 cm,58.1±5.8 kg)を対象とした.膝関節最大屈曲位を開始肢位とし,Squat法にてLiftingを行った.Liftingはストレッチ実施の有無にかかわらず12回(6回×2セット)ずつ行った.ストレッチは,背臥位で痛みがなく行える股・膝関節および体幹屈曲位を2分間保持させる方法で行い,Liftingのセット間に実施した.本ストレッチは,主に腰背部筋の伸張目的に行った.
本研究では,動作に関与する筋のうち腰部傍脊柱筋(LP)の筋活動に着目し,ストレッチ実施および未実施前後でのLifting6回のうち3回の筋活動量を加算平均し,経時的変化および平均値を解析した.反応時間は,光刺激からの動作開始までの時間(RT),光刺激から筋活動開始までの時間(PMT),筋活動開始から動作開始までの時間(MT)を解析した.なお,動作開始は重量物が離床した時点,筋活動開始はLiftingの開始肢位(膝関節最大屈曲位)時の,LPの安静筋活動電位の平均値と3倍の標準偏差値の和を超えた時点とした.
統計学的解析では,JSTAT for Windows 12.6を用い,対応のあるt検定を行った.有意水準は5%未満とした.
【説明と同意】研究に先立ち,個人情報保護法に基づき,対象に測定の趣旨および内容を十分に説明し,同意を得た上で測定を行った.なお,本研究を行うにあたり,広島大学大学院保健学研究科心身機能生活制御科学講座倫理委員会の承認を得た.
【結果】LPの平均筋活動量をストレッチを実施した動作と未実施の動作で比較すると,実施した後の動作が有意に高い値を示した(p<0.05).また,RTには有意差が認められなかった.PMTは実施した後の動作で有意に延長し(p<0.05),MTは有意に短縮した(p<0.05).さらに,重量物が離床しているにも関わらず,0.2秒間のLPの筋活動が生じていない時間が認められた.
【考察】一般に同じ動作を行う際,筋は同程度の筋活動量を必要とするが,本研究の結果からLifting前にストレッチを実施することによってLPの負担が増大する可能性があることが示唆された.また,LPが活動していないまま姿勢保持が0.2秒間行われていないことが示めされたため,動作中の腰部支持には受動的支持機構(椎骨,椎間板,椎間関節,関節靱帯など)が主に働いていると考えられた.Liftingを行う者が動作前に腰部のストレッチを実施することで,一時的に筋活動を生じない状態で行うことがあり,この瞬間に他の外力が加わると腰痛の発症要因となると思われた.また,この状態のまま,頻回のLiftingを行うことで,腰痛より重度な傷害が生じる可能性も高くなると考えられた.したがって,腰痛予防の観点から,ストレッチの実施には有効性を結論付けるための未解決の問題があると思われる.
【理学療法学研究としての意義】本研究では,健常成人へのストレッチが動作中の平均筋活動量を増加させ,一時的に消失するといった現象を引き起こす可能性を示すことができた.このことから,腰痛などの疾患をもつ患者に対しストレッチを行う際には,どのような影響が身体に生じるかをセラピストは十分に考慮する重要性があることを示唆できたものと思われる.また, Liftingを多く行う職業の者に対して,今後,理学療法士の立場から腰痛予防法を指導する際は適切なストレッチを選択し,その選択理由を明確にする必要性を提言できたものと考える.