抄録
【目的】筋ジストロフィー患者に対する呼吸理学療法はMIC(最大強制吸気量)を得る練習や咳嗽力強化方法を指導することが行われる。これらは救急蘇生バックを使用したり、咳嗽に合わせて胸郭を圧迫するなどの方法で行われる。一方、器械を用いた方法も行われている。機械的な咳介助(MAC:Mechanically assisted coughing)を行う排痰補助装置(商品名:カフアシスト)はそのひとつである。これは陽圧を加えた後、急速(0.1秒くらい)に陰圧へシフトする器械である。数秒間の陽圧を加えることで肺実質および胸郭を伸張する、肺胞拡張をうながし無気肺を予防するなどの効果を期待できる。また陽圧から急速に陰圧へシフトすることで肺からの高い呼気流速が得られるので、低下した咳嗽力を代償する効果も期待できる。これまで器械が保険診療の適応外でレンタル代も高額であったため、一部医療機関や在宅で導入されているにすぎなかった。しかし2010年4月の診療報酬で人工呼吸器装着患者において、排痰補助装置として認可され、これまでより在宅で導入しやすい環境となった。
当院を受診する筋ジストロフィー患者においても2010年4月以降、在宅で導入する例を経験している。その経過で患者から導入してよかったとの意見を得た。また理学療法経過においてもその検査数値が改善する例を経験した。そこでカフアシスト導入前後における理学療法評価の経過から、その効果と課題を検討することを研究目的とした。
【方法】2010年4月以降カフアシストを導入した筋ジストロフィー患者6例を対象とした。平均年齢は20歳、筋ジストロフィー機能障害度分類はStage7が2例、Stage8が4例であった。呼吸管理状況は6例中5例が夜間NIV、1例が終日NIVであった。カフアシストは全例入院により導入した。カフアシストの設定は全例autoモードで圧は±30から40cmH2
O、吸気、呼気、休止時間はそれぞれ2秒とした。頻度は毎日5呼吸分を実施した後休憩を入れ3サイクルを基準に行うよう指導した。
理学療法は全例カフアシスト導入前から実施しており、救急蘇生バックを利用したMICを得る練習や咳嗽強化方法を指導していた。また理学療法はカフアシスト導入後1ヶ月毎にも実施した。理学療法評価は簡易流量計にフェイスマスクを装着しVC、MICを、CPF(cough peak flow)はピークフローメーターを利用して臥位にて測定した。MICは救急蘇生バックを使用し、強制的に数回連続送気し、息こらえ(air stacking)して呼出した流量を測定した。。導入後の経過は導入後1~2ヶ月間で評価した。
【説明と同意】対象患者とその家族に対し研究の目的を説明し同意を得た。
【結果】症例Aは導入前VC600ml、MIC780ml、CPF105L/minに対し導入後VC680ml、MIC1900ml、CPF150L/minであった。症例Bは導入前VC630ml、MIC1800ml、CPF150L/minに対し導入後VC650ml、MIC1920ml、CPF150L/minであった。症例Cは導入前VC960ml、MIC1630ml、CPF135L/minに対し導入後VC930ml、MIC1710ml、CPF115L/minであった。症例Dは導入前VC1480ml、MIC1970ml、CPF325L/minに対し導入後VC1500ml、MIC1630ml、CPF230L/minであった。症例Eは導入前VC560ml、MIC1250ml、CPF95L/minに対し導入後VC500ml、MIC1500ml、CPF115L/minであった。症例Fは導入前VC250ml、MIC500ml、CPF測定不可に対し導入後VC250ml、MIC1000ml、CPF測定不可であった。
患者からの感想は痰が出やすくなった、普段の息苦しさが軽減したとプラスの意見がある反面、吸引頻度が増えた、実施する時間の捻出が大変になった、置場所に困るというマイナスの意見も得られた。
【考察】カフアシスト導入前後でVC、CPFは大きな変化が見られないが、MICは導入前に小さかった例で著明に増加する例もみられた。これはカフアシスト導入により肺実質および胸郭のコンプライアンス改善、良好な気道クリアランスの獲得、無気肺の改善などが考えられる。今後この効果を示すことで在宅継続につながるよう指導したいと考える。一方カフアシスト導入前から救急蘇生バックを用いたMICを得る練習は指導していた。にもかかわらずこの指導はカフアシスト導入と同様な効果が得られていなかったことも示している。今後の課題として検討したいと考える。
【理学療法学研究としての意義】筋ジストロフィー患者に対するカフアシスト導入の効果を、理学療法評価のMIC変化により検討したことに意義があると考える。