抄録
【目的】
呼吸理学療法では、重力による腹部内臓器の影響を考慮した体位変換がアプローチとして用いられており、肢位の違いによる呼吸機能の影響について報告されている。しかし、腹部内臓器の状態変化が呼吸機能へ影響をおよぼすかについての検討はされていない。そこで本研究では、健常者を対象に、腹部内臓器の状態変化として食事による空腹時・満腹時の呼吸機能への影響と、腹部内臓器に対する重力の影響を肢位の違いから検討したので報告する。
【方法】
対象者は呼吸器疾患の既往のない健常人15名(平均年齢20.1±2.2歳、男性7名、女性8名)とした。測定条件は、空腹・満腹時の腹部内臓器の状態と、背臥位とギャッジアップ60°位(以下G60位)の違いの組み合わせ4条件(背臥位空腹、背臥位満腹、G60位空腹、G60位満腹)とした。なお測定肢位は筋活動などによる呼吸機能への影響を少なくするためにリラックスした肢位とし、G60位では両下肢を屈曲位、両上肢は重みを考慮し台の上においた。測定項目は、1回換気量(以下TV)、呼吸数(以下RR)、分時換気量(以下VE)、肺活量(以下VC)、安静時エネルギー消費量(以下REE)について、呼気ガス分析器(ミナト医科学株式会社製エアロモニタAE-310S)を用いてbreath-by-breath方式にて測定した。測定は安静5分の後、実測4分、肺活量4回計測の順序とした。統計処理には多重比較分析によるScheffe法を用いて検討した。
【説明と同意】
対象者には本研究の目的を事前に説明し文書にて同意を得た後に測定を実施した。
【結果】
TV、RRにおいては、空腹・満腹時の違いや肢位による違いにおいて有意な差はみられなかったが、背臥位・G60位共に空腹時より満腹時の方がむしろ増加傾向を示した(TV:背臥位109%、G60位118%、RR:背臥位124%、G60位114%)。VEでは、肢位による有意な差はみられなかったが、空腹時と満腹時の比較においては、背臥位の空腹時7.1±1.8ℓ/minに比し満腹時8.8±2.4ℓ/min(126%増)、G60位の空腹時6.9±1.5ℓ/minに比し満腹時8.4±2.0ℓ/min(123%増)と両肢位共に満腹時が有意に増加していた(p<0.01)。VCでは、空腹時と満腹時との比較では有意な差は見られなかったが、背臥位・G60位共に空腹時より満腹時の方がむしろ増加傾向を示した(背臥位102%、G60位105%)。また、肢位の比較においては、満腹時の背臥位3446±767mlに比しG60位3662±900ml(106%増)とG60 位の方が有意に増加していた(p<0.05)。REEでは、背臥位の空腹時1594±261kcal/dayに比し満腹時1839±369kcal/day(115%増)、G60では空腹時1434±230kcal/dayに比し満腹時1740±319kcal/day(121%増)と両肢位共に満腹時が有意に増加していた(p<0.01)
【考察】
TV、RR、VCでは両肢位共に空腹時と満腹時の違いによる有意な差はみられず、むしろ満腹時の方が増加傾向を示しており、VE、REEでは両肢位共に満腹時に有意に増加していた。このことから、健常者の食事による呼吸機能への影響は、腹部内蔵器の状態変化に伴う横隔膜を介した物理的影響より、むしろ、食事による特異動的作用(Specific Dynamic Action:以下SDA)による代謝活動の影響が多く関与しているものと考察された。また、食事をすること自体が呼吸仕事量を増大させることになり、呼吸器疾患患者などにおいては、負荷となっている可能性が推察された。したがって、これらのことを踏まえると、呼吸機能の評価や治療アプローチ時にはSDAの影響を考慮する事や時間帯調整の必要性が考えられた。今回は、代償能力のある健常者での検討であり、今後はCOPDなどにみられる横隔膜の平低化や呼吸筋力の低下や代謝率の変化などの要因を考慮した検討を行っていく必要がある。
【理学療法学研究としての意義】
今回は、食事による呼吸機能への影響を、腹部内蔵器の状態変化と代謝活動、重力の影響の要因から検討した。呼吸機能に対する影響要因とその変化について知ることは、呼吸理学療法の評価・アプローチ時の示唆に有益なものになると考えられる。