抄録
【目的】
Dual-taskは転倒リスク評価や前頭葉機能の一種である遂行機能障害の評価に有用であるとされている。高齢者では、計算や語想起課題などのDual-taskを行いながらの歩行では、歩行速度が遅延することや歩行の動揺が増し不安定になることなどの報告がみられ、評価や治療などに様々な形で臨床応用されている。しかし、Dual-task条件下の歩行における足部の働きを分析した報告は少ない。我々は第45回理学療法学術大会にて、健常若年成人(26.6±4.3歳)、健常高齢者(67.6±6.0歳)の 語想起課題のDual-task条件下歩行で、足部の加速度の定常性、ストライドのばらつきが健常高齢者で低下することを報告した。74歳以下の前期高齢者と75歳以上の後期高齢者を比較すると、転倒の発生率が後者で高く、特に高齢になるほど発生率は上昇するという報告が多くみられる。そこで、本研究の目的は、さらに高齢な後期高齢者の被検者における、快適歩行とDual-task歩行の足部の働きの違いを明らかにすることとした。
【方法】
対象は自立もしくは見守りで歩行可能な後期高齢者16名にて実施した(83.7±5.4歳、身長145.2±9.1 体重45.1±7.1、要介護2:4名、要介護1:7名、要支援2:3名、要支援1:2名)。なお著しい認知症の方は除外した。被検者は、10mの歩行路(加速期と減速期としての前後3mを合わせて合計16m)を歩行する。歩行路にて、快適歩行、Dual-task 歩行(語想起課題:動物名、職業名、スポーツ名、をできるだけ多く言ってもらう)を行い、その際の右外果の3軸加速度(前後、左右、鉛直方向)を計測した。快適歩行は3回、Dual-task 歩行は語想起課題の3種類をそれぞれ1回ずつ行った。測定には3軸小型加速度計(MicroStone社製MA3-04Ac)を使用しサンプリング周波数100Hzにて実施した。また、ストップウォッチを用いて10mの歩行時間を計測し、各条件での3回の平均を求めた。加速度計を右足関節外果部に伸縮テープで張付した。得られた右外果の加速度データから踵接地を同定し、定常歩行中の5ストライドのデータの各成分の加速度より自己相関係数、10ストライドからストライド時間のばらつき(変動係数)を算出し3回の平均を求めた。なお自己相関係数は波形の定常性を示し、1に近づくほど定常性が高いとされている。また変動係数は、標準偏差を平均値で除した値に100を乗じたものであり、この値が大きければばらつきが大きいことを示している。統計解析では、対応のあるt検定を用いて、各パラメータでの快適歩行とDual-task歩行を比較検討した。すべての統計学的有意水準は5%とした。
【説明と同意】
すべての対象者に事前に研究の目的・方法を書面、口頭にて説明し対象者の同意が得られた場合のみ同意書に署名を得て計測を行った。また、研究計画や個人情報の取り扱いを含む倫理的配慮に関しては、当院の倫理委員会で承認を得た。
【結果】
10m歩行時間が、語想起課題で有意に増加した(快適15.49±5.14sec/語想起19.35±8.54sec,p<0.01)。自己相関係数(前後:快適0.68±0.11/語想起0.63±0.16, 左右:快適0.62±0.09/語想起0.59±0.17, 上下:快適0.75±0.06/語想起0.69±0.17)では、いずれの成分についても、減少傾向であったが、有意な差はみられなかった。ストライドのばらつきについては、語想起課題で有意にばらつきが増加した(快適3.24±0.83%/語想起3.89±1.31%, p<0.01)。
【考察】
歩行中に語想起のDual-taskを行うと、後期高齢者で10m歩行時間(歩行速度)が増加した。一方で、すべての成分の自己相関係数(定常性)は有意差がみられなかった。ストライド時間のばらつきは、語想起課題で有意に増加した。このことから、高齢者ではDual-task歩行により、足部の働きの定常性への影響が少ないが、ストライドのばらつきに大きく影響を与えることが示唆された。今後、より対象者を増加することや、転倒歴の有無との比較、認知症や遂行機能との関連を詳細に検討する必要性があると考える。
【理学療法学研究としての意義】
小型加速度計を用いたDual-task歩行条件下での足部の働きの分析は,治療の効果判定や転倒指標になる可能性があり,より効果的な理学療法の開発や転倒予防の評価に応用することができると考える。