抄録
【目的】
理学療法士の養成教育において、将来、臨床現場において患者に対し、治療的関わりをもつことになる学生が、早期からの学内教育において、実際の患者に触れ、話を聞く機会を持つことは大変貴重な経験である。学生にとってこの経験は、実際の障害者に対するイメージや、身体機能、心理的変化、日常生活活動などを身近に感じることができ、日々の学習に対するモチベーションの向上にもつながり重要であると考える。本研究では、患者による講義および患者に対する実技体験を通じて、理学療法士を目指す学生がどのように感じ、いかなる経験をしたか、感想レポートをもとにその内容を分析し教育的効果について検討することを目的とする。
【方法】
1.研究の種類:調査研究
2.対象:H大学リハビリテーション学部理学療法学科2年次生の35名のレポートである。学生は事前に脊髄損傷の講義を受け、その後、実際の患者からの講義、患者に対する実技実習を体験した。その実技体験に関する感想を自由記載のレポートとして提出したものを分析した。研究対象とすることに文書同意されたレポートのみを対象とした。
3.調査方法:学生には2週間前に、「C6頚髄損傷患者に講義に来て頂く」ことを伝えた。また、事前に講義担当者から「脊髄損傷」についての講義を受け、イメージしやすいように映像でも実際の場面を伝えた。2週間後、頚髄損傷患者1名による講義、患者に対する実技実習を体験し、自由記載による感想レポートとして提出したものを分析した。なお、患者による講義の当日は、(1)話を聞く、(2)評価をする、(3)動作を観察することに着目して、講義ならびに実技を受けるように指導した。患者を通して実際に理学療法評価を体験実習するため、事前に学生を1グループ7~8名とし、A~Eの5グループに分け、それぞれAグループは問診、Bグループは感覚(表在・深部)、Cグループは上肢MMT(Manual Muscle Testing:MMT)、Dグループは下肢ROM(Range of Motion:ROM)、Eグループは筋緊張・腱反射を担当するように割り当てた。
4.分析方法:Klaus・Krippendorffの技法に準じて、レポートの文書のキーワードを抽出してコード化し、カテゴリー分類をおこない、患者による講義、患者に対する実技体験実習が学生に与える影響について分析した。分析は3名の研究者が協議して行った。
なお、本研究は兵庫医療大学倫理審査委員会(第09032号)の承認を得て実施した。
【説明と同意】
患者講師および学生には、本研究についての趣旨と目的等を文書と口頭による説明を行い、十分な理解が得られたことを確認した上で、本研究への参加について本人の自由意思による同意を文書にて取得した。
【結果】
各評価体験実習の項目である問診と動作観察は3つ、感覚検査・上肢MMT・筋緊張・腱反射は4つ、下肢ROMは5つのサブカテゴリーに分類できた。教科書通りではできない評価測定に直面したり、検査技術の工夫の必要性などの「患者を評価する難しさ」や、検査評価をするという形だけのものとして捉えられてなかったなどの「評価の意義」、学生同士の練習では気付かない部分を学べるなどの「健常者と患者の違い」、今までの勉強への取り組みに関し自分への甘さや知識不足などを含めた「知識不足の再確認」などのサブカテゴリーが複数抽出された。また、それらのサブカテゴリーは「評価について」や「患者イメージ」、「健常者とのギャップ」など各項目2~4つのカテゴリーに集約された。
【考察】
患者講師による学内教育は、普段の講義や教科書で学ぶ疾患や症状について、より現実味を持って経験し、理解を深めるきっかけになったと考えられる。臨床実習として実際の患者に触れて学べる機会は、大学3年次生からであり、患者に対するイメージを実際とは異なったまま実習に臨んでいる現実も否めない。学生が受け身にならず、主体性を持ち、学内教育の早い段階から健常者と患者の違いを体験することにより、知識の確認に広がりをもてると考える。実際の場面を想定した中で教員の直接的な指導を受けることにより、より臨床現場に即した指導ができ、学生の学習意欲を高めることが出来るのではないかと考える。
【理学療法学研究としての意義】
学内教育において、いかに臨床現場のイメージを伝えながら知識や基本的臨床技能の習得をさせるか、様々な工夫がされており、学生の学習意欲を持続・向上させる授業方法の開発は、重要な課題と考えられる。本法は学生教育の質の向上、授業方法の開発の一役を担えるのではないかと考える。学生の学習意欲を持続・向上させる授業方法の開発の1つのきっかけになると期待される。