抄録
【はじめに、目的】 腰部多裂筋は腰部骨盤帯の安定に重要な役割を果たし、その恒常的な活動により調和のとれた動作を可能にする。しかし、腰部多裂筋の活動性の低下は、動作の緩慢のみならず、腰痛などの問題を引起こす要因にもなり得る。特に腰痛患者の腰部多裂筋は左右の断面積に差が生じているとの報告もあり、腰痛患者を始め体幹機能の低下を認めるケースなどにおいては、この問題に対し、十分配慮した対応が必要であると考える。柿崎らは骨盤と胸郭の前額面上の配列(アライメント)で、胸郭が側方変位を呈している場合、その反対側の腰部多裂筋に断面積の低下が伴うことを見出している。腰部多裂筋の左右差の減少と骨盤に対する胸郭の側方変位の軽減が臨床上での成功に結びつくことも数多く経験している。このような背景から我々は胸郭側方変位と腰部多裂筋の関係に注目している。そこで今回は腰部多裂筋に負荷がかかるとされている体幹の前方への傾斜に着目し、骨盤に対する胸郭の側方変位が腰部多裂筋の機能におよぼす影響について興味ある知見が得られたので報告する。【方法】 対象は健常成人男性11名であった(年齢22.1±0.8歳、身長171.9 ±4.4cm、体重63.0±5.6kg)。測定肢位は端座位とした。胸郭側方変位方向の同定は、被験者の前方1.5mからデジタルカメラ(CANON社製 IXY 410)にて撮影しImageJを用いて、両上前腸骨棘間の垂直二等分線と上半身質量中心点とみなす剣状突起との距離を算出した。なお、プラス方向を左側方変位、マイナス方向を右側方変位とした。動作課題は、坐骨支持での端座位で腕を組み、体幹前方傾斜位(頭部から骨盤を直線的に維持した状態での股関節屈曲120°位)にて保持させた。その時の腰部多裂筋の筋断面積は超音波診断装置(日立メディコEUB-8500)を用いた。測定位置はL4レベルとした。検討は、安静座位と体幹前方傾斜位で測定した腰部多裂筋の短軸像からImageJを用いて左右腰部多裂筋の筋断面積を測定した。なお、全ての計測は3回実施し、その平均値を解析値とした。統計学的分析にはSPSSver13を用い、左右腰部多裂筋の筋断面積の比較を対応のないt検定、胸郭の側方変位量と腰部多裂筋の筋断面積との関係をPearsonの積率相関係数にて分析した。有意水準は5%未満とした。【倫理的配慮、説明と同意】 被験者にはヘルシンキ宣言に基づいた同意説明文書を用いて本研究の趣旨を十分に説明し、同意を得たうえで実施した。【結果】 安静時での腰部多裂筋の筋断面積では、左側断面積(21.6±3.8mm2)は右側断面積(17.7±3.2 mm2)に比べて有意に大きかった(p<0.05)。体幹前方傾斜位での筋断面積では、左側断面積(25.0±4.0 mm2)は右側断面積 (18.9±2.8 mm2)に比べて有意に大きかった(p<0.05)。また、体幹前方傾斜位の左側腰部多裂筋の筋断面積の変化量(3.18±1.8mm2)は右側腰部多裂筋(1.20±1.2 mm2)に比べて有意に大きかった(p<0.05)。胸郭の側方変位量と左側腰部多裂筋の筋断面積の関係は正の相関を示した(r=0.87 、P<0.01)。また右側腰部多裂筋の筋断面積との関係は負の相関を示した(r=-0.67、P<0.05)。【考察】 今回の検討では体幹前方傾斜位での左右の腰部多裂筋断面積の変化量を測定した。その結果、左側腰部多裂筋は右側に比べて有意に増加を示した。また、胸郭の左側方変位が大きい被験者ほど体幹前方傾斜位での右側腰部多裂筋断面積の増加は少なく、左側腰部多裂筋断面積に大きな増加を示した。これは胸郭の左側方変位の存在により、腰椎に生じやすい機能解剖学的要因が原因となるものと考える。具体的には下位の椎体に対し上位の椎体の右側への傾斜および左回旋が生じたときに、左側腰部多裂筋の活動性が増加し、右側腰部多裂筋の活動性が低下するものと考える。したがって、胸郭変位の存在は腰椎のアライメントに影響を与え、腰部の安定性を容易に低下させる一要因となる可能性がある。以上のことから、左右の腰部多裂筋の安定した活動は臨床的背景からも有利となり得るため、体幹のアライメントと左右の腰部多裂筋の活動性の差異を注意深く評価、および理学療法を施行していく必要がある。【理学療法学研究としての意義】 胸郭側方変位の存在が腰部多裂筋の活動性を不安定にする可能性がある。臨床上、胸郭側方変位と腰部骨盤帯周辺の筋活動を含めた体幹機能評価は理学療法アプローチの一助となる可能性が示唆された。